103〗スタディオン ROSRRiT w シェドルツェ

あの日あの時は訪問は夏真っ盛りの現地取材。◼️2019年8月31日リガ2第7節ポゴン·シェドルツェ対レフ·ポズナンⅡ。意外にも立ち上がり主導権を握ったのはホームチーム。中盤で攻撃の芽を摘むのは五十五番のオスカル·レプカ:Oskar Repka【1999年1月3日生】のハ-ドワーク。前年まではカ-ルスルーエ·ユ-スに所属しU19ブンデスリーガ南西地区でプレーしていた。2017年にはU-19代表で九試合。2018年にはU-20代表で二試合に出場している。当時三部でプレーしていた二十歳のレプカが、昨年FIFAワールドカップ予選のフィンランド戦を前にモルドバとの親善試合でポーランドA代表に初めて招集されたのだから功成り名遂げる。
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事実’23-24シ-ズンには二部のGKSカトヴィツェで昇格に貢献。今季はラコフ·チェンストホヴァに移籍するとUEFAヨーロッパカンファレンスリーグ予選二回戦ではstスロバキアのMSKジリナ、更に本選ではル-マニアのウニヴェルシタテア·クラヨーヴァ、キプロスのオモニア·ニコシア戦でも得点を決める覚醒ぶり。守備でもアウェ-のACスパルタ·プラハ戦で完封(スコアは0-0)に貢献。圧巻は11月27日のラピド·ウィーン戦。4-1の完勝で敵将を解任に追い込んだ試合も残り三分で交代するまで攻守の要となり奮闘した。
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フェイエノールトのスペインキャンプ あの男が帰ってきた

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後手にまわったポズナンが徐々に流れを手繰り寄せるのだが、中盤三枚の底で守備に追われた背番号八がボールをキープ、高い位置を保持するようになるとマルフィンスキとの距離が縮まり、ボールも繋がるように。188cmの長身セントラルミッドフィールダーはヤクブ·モデル:Jakub Moder【1999年4月7日】。彼もレプカと同じく自国開催のU20ワールドカップ出場組よりも一つだけ上の世代。
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さて、予選で対戦しプレーオフを勝ち抜けば本選でも対戦する敵国オランダから朗報が飛び込んできた年明け。フェイエノールトの冬季キャンプのメンバー31名に負傷明けのモデルが招集されたらしい。クラブはソーシャルメディアでトレーニング復帰を発表しスペイン·マルベーリャでは大きな期待をもって迎えられた。腰痛に悩まされた末に脊椎ヘルニア手術をしたことで長期の欠場。’24-25シーズンのモデルはフェイエノールトで19試合1,600分以上の時間出場し四ゴール二アシストを記録したキープレーヤー。クラブ&代表双方が復帰を待ち続けていた。

そもそも今回の欧州予選六月に前監督との確執で一時的にエ-スが招集を拒否したことで喫したフィンランド戦黒星が痛恨。致命傷になった。十一月のワルシャワでの直接対決も結果は1-1。直接対決の勝敗よりも得失点差が優先されるからオランダからすれば余裕のある試合。オランダ戦で先制ゴールを決めたのがヤクブ·カミンスキ:Jakub Kamiński【2002年6月5日生】。
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シェドルツェのゲ-ムは0-2で白のアウェ-チ-ムが勝利。この日スタメン二十二名の中でも最年少十七歳がその二得点をあっさり決めてしまった。最大の収穫となった二十二番は俊敏で小回りが利くウィンガータイプでも卓越したゴールセンスの持ち主。翌月20日の第9節でエクストラクラサ·デビュー。いきなり左翼スタメンでフル出場したヴィスワ·クラクフ戦ではスタメンで八十分までプレーすると、いきなり1アシストを記録して勝利に貢献。現在ヴォルスブルクからケルンに貸し出されているカミンスキ。すっかり大人の風貌を漂わせているが、鼻の下にある二つの黒子は変わらない。記念撮影左端が初々しいカミンスキである。
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ポ-ランドを代表する育成の名門 七年前の主将が現在は監督に 

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完封した守備陣にも目を向けるならば最終ラインを統率したのは主将章をつけたグジェゴシュ·ボイトコビアクGrzegorz Wojtkowiak【1984年1月26日生】。代表キャップ数は24、出番こそなかったが12年に自国開催(ウクライナとの共催)のUEFA欧州選手権のメンバーにも招集された大ベテラン。21年に引退して一昨年から、このレフ·ポズナンⅡの監督を務めている。
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