100〗Red Bull Arena / ザルツブルク

フィールドの真ん中でレンズを通して見えた風景

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一月にスタ-トして年内に百話。新年に百一話をはじめから考えていた為、思いの外筆が進んで九十九話から間隔があいてしまったのが今回。やはり節目になるようなエピソードを書きたい。
写真はチェコの一部リ-グの試合後、ボヘミアンズ1905が格上ヴィクトリア·プルゼニに勝利して盛り上がるゴ-ル裏の熱狂的サポーターと喜びを分かち合う選手達。ピッチのど真ん中からレンズを向けている。
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当たり前の話ではあるが、試合前は厳しい規則や制限を設けられているから取材する側も厳守はする。そして終了のホイッスルが鳴ると張り積めた空気が和らぎピッチ内に入ることが許される。ピッチサイドでの撮影を申請しても「諸事情によりピッチサイドでの撮影は許可できないからプレス席で我慢してね」と袖にされるケ-スも少なくはない。そりゃそうである。頭のおかしな輩がフィールド内に侵入して試合の進行を妨げられた日にゃ堪ったものではない。救済策のプレス席は隔離されているから写真を撮るのには辛い。タダで入っておいて文句を言える身分ではないのは承知しているのだが。
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五分目を離したのが命取り 手ぶらでチェックインして雪山を見下ろす

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そんな中でプレス席の最前列がえらくピッチに近いと感じたのはこのスタジアム。第百話はオーストリア第四の都市ザルツブルクのレッドブルアリーナ。オーストリア全体で観光業の占める割合はGDPの15%程度だからけして多くはない。レッドブルの本社があるとはいえ産業都市のリンツ等と比べると、モーツァルトを輩出した都市の財政は潤沢とは言い難い。この音楽の都が観光業に頼ざるを得ないと感じた2013年の訪問時。’21年には約千二百七十万人の外国人観光客が同国を訪れたらしいからコロナ禍のダメージは回復し、息を吹き返しつつある。 
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下写真はザルツブルクの空港。帰国当日タクシーを拾おうと安宿のロビーで荷物から目を離した僅かな時間に盗まれてしまい手ぶらでの帰国。カメラは肩にかけ、財布とパスポートは上着のポケット。持っていかれたのはそれ以外全て。パソコンと衣類が入ったバッグだから結構な重量。よく盗む気になったと呆れるものの観光客が集まるところは、何処の国でも狙われるから気を抜いた自分を戒めるしかない。   
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ホリイゲ文化の都からワインボトル持参でアウェ-に乗り込む若者たち

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2013年5月のシーズン最終節。ウィンターブレーク期間が長い分、シーズン閉幕も遅い。灰色の空に背景のアルプスが醸し出す冷たいひんやりとした空気。対照的に前節優勝を決めた若きアウストリア·ウィーンサポーター達はビールとワインボトル片手にご機嫌。若くはない自分もウィーンに行けばショップ棚のボトルに手を伸ばさずにはいられない。皇帝ヨーゼフ二世の恩恵により培われたホイリゲ文化と書いても何のことやらと思う方には、世界に数あるキャピタルシティの中で唯一市街の農園で収穫された葡萄を醸造しているワインの都と説明すれば納得してくれる。飲み過ぎて羽目を外す輩を目にするのも茶飯事ならば、POLIZEIのパトカーが周りをガッチリ固めるのもまた見慣れた欧州の風景。2008年のユーロ開催にあわせ収容規模を三万人オーバーまで拡大。過去の年間最大動員数はレッドブル社参入の2005-06シーズン。大型補強の効果で成績は前年の9位から2位に躍進しており一試合平均の入場者数は16,512人。翌年の冬には日本サッカー協会第十五代会長·宮本恒靖:Tsuneyasu Miyamoto【1977年2月7日生】氏と三都主アレサンドロ:Santos Alessandro【1977年7月20日生】氏が加入、十年ぶりの国内制覇で平均観客数も一万五千人を上回っていた。
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