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リオ五輪OA枠内定のガンバ大阪左SB藤春廣輝〜クラブの生き字引となった経験者

 リオ五輪OA枠内定のガンバ大阪左SB藤春廣輝~クラブの生き字引となった経験者

 6月14日、日本サッカー協会は23歳以下で戦う男子サッカーのリオディジャネイロ五輪代表チームに、23歳以上の選手を3選手まで使えるオーバーエイジ枠の使用を正式に明言した。

 そして、サンフレッチェ広島の塩谷司とガンバ大阪の藤春廣輝という共に27歳のDF陣の選出を発表した。

 U23日本代表では、特にサイドバック陣が1月に行われたリオ五輪アジア最終予選に選出された4選手の全員が負傷離脱するなど負傷者続出の事態に陥っていた。

 そのため、OA枠の1枚はSBが確実視されていた中、昨年に日本代表デビューを果たした左SB藤春が選出されました。

技巧派集団の強豪で、世界レベルの走力で定位置を奪う!

 2011年に大阪体育大学からG大阪へ加入した藤春。G大阪は藤春が加入する前の9年間で7度のリーグ3位以上の成績を残している強豪クラブだった。

 当時のG大阪は、遠藤保仁や二川孝広を軸とする中盤でのパスワークに特徴がある技巧派集団。しかし、相手DF裏のスペースでボールを受ける選手がFW以外には皆無だった。

 藤春は50mを5秒8で走り抜ける圧巻のスピード、90分経っても落ちないスタミナなど、世界レベルに匹敵する走力でアピール。1年目の終盤からレギュラーに定着した。

 特に相手のコーナーキックをクリアした後に始まる、「必殺・藤春カウンター」からは、自身のJリーグ初得点を記録した後も、多くの得点やアシストを量産する武器であり続けている。

 結局、2011年はリーグ順位で3位に終わったものの、未だ破られていないクラブ史上最高勝点70を記録するのにも貢献した。

“鉄人”ぶり発揮の一方、3度の監督交代やJ2降格も経験したクラブの生き字引

 しかし、Jリーグ最長在任期間となる10年の指揮を執っていた西野朗監督が、この2011年シーズンを最後に退任した。

 監督が交代しても藤春はレギュラーとして出場を続け、プロ2年目にはリーグ戦フル出場したのだが、チームは長期政権後の歪みを露骨に受けてJ2へ降格。