Foot ball Drunker〔143〕visiting 『Stadio Giuseppe Sinigaglia』コモ / イタリア

アズーリを下したのは カルチョで活躍するスイス人

◇◇◇◇

スイスが前回覇者イタリアに2-0勝利。ラウンド16を波乱の幕開けと活字にするのはいかがなものか。先制ゴールはクラブと代表でも8番を背負うレモ·フロイラー:Remo Freuler【1992年4月15日生】〈下写真中央〉。
自国ルツェルンからロンバルディア州ベルガモのクラブに移籍したのは2016年。彼を含むボローニャトリオにミラン、インテル、トリノと隣国イタリアでプレーしている計六名がスイス代表の名を連ねる。これは同じく隣国ブンデスリーガの五名を抜いて最多派閥。


◆◆◆◆

異色はメジャーリーグサッカー(MLS)シカゴ・ファイアーのジェルダン·シャキリ:Xherdan Shaqiri【1991年10月10日生】〈上写真右〉。2014年ワールド杯から世界と欧州の六大会連続得点は、近年スイス代表の国際舞台での躍進を象徴する。
思い出したのは1998年フランス大会のフランス対イタリア。当時世界最高峰の舞台は間違いなくセリエA。イタリア代表に勝利したのは日頃イタリアでプレーするフランス人。自身三度目のワールド杯となるロベルト·バッジョ:Roberto Baggio【1967年2月18日生】の前にまたもPK戦の壁が立ちはだかった。そのバッジョを敬愛してやまないジャンルカ·ザンブロッタ:Gianluca Zambrotta【1977年2月19日生】はコモ出身。カリフォルニア州パサディナでバッジョが悲劇を味わった1994年にコモ·カルチョでプロデビューを果たす。

2006年のFIFAワールド杯ドイツ大会で栄冠を手にしたレジェンドは、13年スイス二部のFCキアッソでコーチ、監督を兼任してスパイクを脱いだ。


◆◆◆◆

第142話はロンバルディア州コモのスタディオ·ジュゼッペ·シニガーリャ。スイス国境に最も近いカルチョのスタジアム。カバー写真はスタジアムまでのバスチケット。DAZNで配信開始『Como 1907 カルチョに挑んだアメリカ人CEO』。このドキュメンタリー制作の背景が興味深く視聴し楽しめた。債務を含め200万ユーロ弱でイタリアのローカルクラブを購入したのはロンドンに本社機能を置く「SENTエンターテイメント」。


◆◆◆◆

同社はインテルやボルシア·ドルトムントのコンテンツへの協力やユーロ2020関連するフォーマット開発なども手掛けており、世界の視聴者向けに25を超える番組を制作および配信している。インドネシア人実業家のロバート·ブディ·ハルトノ:Robert Budi Hartono【1941年4月28日生】氏のジャルム·グループ傘下にある企業。