ベルギーと隣接する地域性を活かしたリールは周辺の自治体や同国の諸都市に協力を呼びかけ、行政と民間、専門家と市民が一体となり、壮大な芸術·文化の町興しに成功した。襷は翌年別の都市へと引き継がれ、欧州文化首都活動が毎年繰り返されることにより、各国各都市各地域に新たな芸術文化ネットワークが構築され次世代へと受け継がれて行く財産となった。
第91話は偉大な市長の名を冠するスタッド·ピエール·モロワ。
2012年に完成したスタジアムは市街からは六キロ南東のビルヌーブ·ダスクにある。移動手段はリール·フランドル駅から地下鉄1号線に乗りシテ·シャンティフィク駅にて下車。駅名が示す通り企業の研究所や大学校舎に囲まれた地域。スタジアムまでの一キロに満たない道中、この地で学ぶ多くの学生とすれ違った。チケット売場のスタッフも大学生のアルバイトだろうか。’98年ワールドカップ·フランス大会と同じく十都市で開催されたのが2016年の欧州選手権=ユーロフランス大会 。十八年ぶりとなる国際大会の開催都市を比べてみるとモンペリエ、ナントに変わってリールとニースが選ばれている。
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バルセロナで三つ隣の席のヨハン·クライフ:Johan Cruijff【1947年4月25日生-2016年3月24日没】と共に熱い視線を注いだ先にはアブドゥルハーク·ヌーリ:Abdelhak Nouri【1997年4月2日生】。フィールドにはオランダの未来を担う俊英の姿があった。彼を襲った突然の悲劇。この二ュ-スを目にした時ばかりはその衝撃で一瞬PCの前で全身が硬直した。一時的に心肺機能が停止した場合、蘇生後脳症(低酸素脳症)で約七割が命を落とすらしい。仮に一命を取り留めたとしても脳に障害が残り、昏睡状態、寝たきりの状態になり社会復帰はまず見込めないとも。軽度でも認知機能や記憶に障害が発生する。ヘリコプターで病院へ搬送されたものの脳の大部分が機能しておらず、今後も機能することはないとの厳しい診断が下された。心拍数と呼吸こそ安定しているものの状態に変化は見られない時期が続き、意識を取り戻したのは約二年八カ月と十九日後。昏睡状態から目覚めまし現在は車椅子に座って食事をとれるらしいが言葉まではでてこない。
突出した才能を与えられながら夢の途中で道を断たれるあまりにも残酷な運命。
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あの日あの時はスタッド·ピエール·モロワでの■2017年8月5日リーグアン開幕戦リ-ルOSC対FCナント。後半25分ダメ押しの三点目を決めたのは年明けまでアヤックスでプレーしていた同じモロッコ系のアンワル·エル·ガジ:Anwar El Ghazi【1995年5月3日生】。ユニフォ-ムを脱いで白地にNOURI 34と記されたTシャツ姿に。イエロ-上等で病床の元同僚に送ったメッセージ。涙を流し悲痛な表情のエル·ガジを励ます選手達の映像に視界がぼやけた。
夢は善と悪の反する二面を共有しているし、願望の強さと睡眠時に見るだけの儚さ脆さと、こちらも極性の性質をひとつの言葉で表している。前述のあおこさんは「ユメミルミタイはそんな歪で矛盾した『夢』を表現したお洋服を目指しています。」とコンセプトを語る。
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今の日本には夢がない。若者は夢が見れないと耳にする。それは半分正解で半分は誤りだろう。夢は実現するもの、叶えるものであって妄想ではない。デザインフェスタを取材した翌日は筆者六十一回目の誕生日。昨年の還暦はロンドンのウェンブリ-スタジアムで過ごした。なる程、十七年間このイベントから足が遠退いていたのはこの時期になると欧州のスタディオンを巡っていたから。差し詰め今は夢の途中といったところ。
あおこさんに将来の夢について尋ねると、ほんの僅かしかない特別な服と出会えて、試して選べる。そんな空間をプロデュ-スしたい。具体的には一点物の作品主体のを個人制作アパレルブランドのみで構成されたイベントを主催してみたいと語ってくれた。
タイムスリップして大学生の頃の彼女に質問しても同じ答えは帰ってこないだろう。何もしていないのに夢を探したところで何処にも転がってはいない。先ずは行動を起こすこと。その時点での成功と失敗は然程重要ではない。その先に夢は見えてくる。自分の夢は自分にしかつくれないものだから。
〖第九十三話了〗
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