Foot ball Drunker 〔115〕visiting 『Niedersachsenstadion』ハノーファー / ドイツ

ハノーファーのエースタライヒャー

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コロナ禍を挟んで三年ぶりとなった昨年の親子二人旅。乗客もスタッフも気の毒に思える程、成田空港国内線は異常な混み具合。松山空港に着いたらレンタカーを借りる手筈。


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欧州での車の運転は極力避けてきたが先月のキプロスだけは、足がなく国際ライセンスを準備した。左車線とあって借りた車も日本製。ドイツの高速道路アウトバーン7=A7は、デンマークとの国境からオーストリアとの国境まで国内を縦断できる。その長さは963kmの欧州最長。日本だと東京から山口までがほぼ同距離になるか。

第115話はこれまで多くの日本人が在籍したハノーファー96の本拠地。53万人が暮らすニーダーザクセン州の都には49,200人を収容する競技場。2012年の訪問時はAWDホールディングスがネーミングライツを取得。但し同社は2007年隣国のスイスライフに買収されている。現在はハインツ·フォン·ハイデン·アレナ。 2002年から13年までのHDIアレナは馴染み深い。


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カバー写真のビールは同州イェファーで造られた苦味最高のピルスナー。ここまで北上すると世界遺産のワッデン海は目前。ハノーファーよりもハンブルクからのほうが距離は短い。最寄りの大都市はブレーメン州の州都。

写真は2017年6月のダブリンでのアイルランド戦。0-1で優位に試合を運ぶオーストリア代表。75分に一枚目の交代で11番がピッチサイドに呼ばれた。当時ハノーファーのエース·ストライカー、マルティン·ハルニック:Martin Harnik【1987年6月10日生】がそのまま1トップに入る。


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ドイツと二重国籍のハルニックにはドイツ協会からも熱烈なラブコールが贈られていたのだが結局オーストリアを選択。前年まではシュツットガルトで六年間プレーしており二人の日本人プレーヤーとも同じ釜の飯を食っている。前年赤いキャプテンマークを着けている姿を撮影した時とイメージが異なる。ハノーファーへの移籍を機に髪を伸ばしていた。


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アイルランド戦にはルイスLouis Schaub【1994年12月29日生】はベンチ入りしていたが残念ながら出番なし。ハンブルガーSVを欧州王者(1983年)に導いた名将の名を冠するオーストリアの整地。そのハッペルが14年間現役を過ごしたラピドウィーン。前年11月エルンスト·ハッペルでのアイルランド戦は30分プレーしており実質代表デビュー戦。何しろ10月のウェールズ戦は終了前の僅か3分。地元ファンへ顔見せの粋な計らいだった。

アイルランド戦から遡ること半年、2016年5月11日はアルタッハとのリーグ戦。4-3-3の右翼には背番号10。このシーズンのUEFAチャンピオンズリーグ·プレーオフ、決勝ゴールでアヤックスサポーターを失望させた。その印象は、縦に抜ける速さで勝負するタイプではなく、ハーフよりも高い位置でサイドと中央を出入りする動きで技術が活きるフィニッシャー。


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1979-80年のUEFA杯決勝でアイントラハト·フランクフルトに栄光をもたらしたフレッド·シャウブ:Fred Schaub【1960年8月28日生-2003年4月22日没】。83-86までハノーファー96で22ゴールを記録。
昨シーズン開幕前、そのハノーファーにフレッドの長男ルイスの加入が大きな話題になったのには理由がある。

引退後のフレッドは、1997年現役最後のクラブであるアドミラとメードリングが合併した新クラブでユースコーチに就任。17歳未満の少年たちを指導していた。