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J2首位独走の北海道コンサドーレ札幌 ~育成型クラブへ転換4年目の快進撃

 全22チームで行われている明治安田生命J2リーグは全42節中の暫定30試合を消化。長丁場のリーグ戦もラストスパートに入っている。J2は首位と2位がJ1リーグへの自動昇格となり、3位~6位がJ1昇格への残り1枠を争うプレーオフへの参戦権を獲得する。

 そんな今季のJ2にはクラブ史上初のJ2降格となった清水エスパルスが参戦。日本代表選手も在籍するセレッソ大阪を含めて、戦力的にはJ1でも十二分に通用するようなクラブが複数ある中、開幕直後から好調を維持して首位を快走しているのは、北海道コンサドーレ札幌だ。現在2位の松本山雅に勝点9差をつけて首位を独走している。

野々村社長の就任で地域密着の育成型クラブへ転換

 現在の札幌のサイクルがスタートしたのはJ1から降格した2013年シーズンから。現役時代をジェフユナイテッド市原(現・千葉)や札幌で技巧派MFとして鳴らした野々村芳和氏が社長に就任したのだ。

 それまでの札幌はJ2を主戦場にしつつ、J1に昇格すればJ1経験者豊富なベテラン選手を補強をしながら1年であえなく降格するというパターンを繰り返していた。

 エメルソンやウィルのようなJリーグ史に残るブラジル人FWを発掘したチームとはいえ、ツギハギのような補強を繰り返したクラブの強化資金は先細りに乏しくなって行き、2013年に野々村社長が就任した頃の年間の人件費は2.5~3億円程で、「底」の状態だった。

 そんな中、野々村社長は、無理に「J1昇格を目指す急造チーム」よりも、「J1へ定着するためのチーム」作りに着手。選手構成も他クラブから寄せ集めたような補強に頼るのではなく、下部組織や北海道出身の選手でチームの半数以上を占めるようにし、選手やファンがクラブに対する帰属意識を持つチーム編成をとった。

 育成型クラブへ舵を切る方針が取れたのは、2011年に高校生年代に当たるU18チームがプレミアリーグイーストで優勝を飾り、翌年にもJユースカップで初優勝するなど、同時期に下部組織が黄金期を迎えていたからでもあった。

 当時のU18チームには、現在のトップチームの主力にもなっているMF深井一希やFW荒野拓馬、MF堀米悠斗等が在籍。そして、彼等の世代には、今夏のリオディジャネイロ五輪代表候補だった現・川崎フロンターレのDF奈良竜樹選手や、日本代表MF本田圭佑が実質オーナーを務めるオーストリア2部・SVホルンに移籍したFW榊翔太もプレーしていたのだ。

 もともと日本の中では圧倒的に極寒の地である北海道ならではの「雪上サッカー」により、下半身のしっかりとした球際が強い選手が育つ土壌。そこへ2010年前後に世界全体に広まったバルセロナのパスサッカー志向が日本にも大々的に取り入れられ、もともと技術的に優れていたクラブにはそれが技術への過信にも繋がりかねない中、札幌にはそれが良い配分で交わったトレンドのチカラもあった。

攻撃の財前、守備のバルバリッチ、バランスの四方田~3人の監督がチームの成長過程に尽力

 そして札幌はJ2へ降格した2013年、深井や堀米を含む6人の下部組織出身選手を昇格させて、育成型クラブへの転換を伴う新たなサイクルをスタートさせた。

 J2全22チーム中12番目となる少ない予算の中で、監督には札幌の下部組織やトップチームでの指導歴がある初の「OB監督」として財前恵一氏を招聘。下部組織から一貫したスタイルで戦うビジョンを共有する上では適任で、若い選手達の技術や個性を出して主導権を握りながら戦う攻撃志向のチーム作りで8位へと躍進した。

 しかし、2014年シーズンは夏場に不振に陥って財前監督を解任。後任には愛媛FCで4シーズンに渡って指揮を執ったイヴィッツァ・バルバリッチ監督が就任したものの、彼もその約1年後に解任。チーム成績も2014、2015シーズン共に10位に終わり、J1昇格プレーオフにさえ進めない苦境。また、バルバリッチ監督は組織的な守備組織の構築で評価される指揮官だったため、結果以上にプロセスを優先させているはずの札幌には「ブレ」が感じられた。