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2012年1月、半年の期限付きではあるが、白地に赤襷のユニフォームに袖を通したコスタ。前年夏の十字靱帯断裂で長期欠場中に移籍。 一部リーグ初見参の2月5日サラゴサとの復帰戦で大爆発。0-1の状況でピッチに入りアサド:José Manuel Casado 【1986年8月9日生】からのクロスを頭で叩き込み同点。このゴールで火がついたラージョは終了9分前にミチュ:Michu【1986年3月21日生】が決勝ゴール、アウェーで痛快な逆転劇を演じている。
2月12日のホームでのヘタフェ戦も頭で決めて2-0の勝利に貢献。
19日のレバンテUD戦も同点に追いつかれると後半、16分17分、頭と右足で決勝·ダメ押し弾を連発。三連勝の起爆剤となった。さすがに25節の首位レアル相手にはお手上げ。
それでも3月3日ラシン戦は2アシスト。累積警告でエスパニョール戦は出場停止、3月17日のレアル·ベティス戦ではプレースキックを直接ネットに突き刺した。29節マラガ戦の敗戦の中で1ゴール1アシストとひとり気を吐いている。
以上記録を掘り起こしてはみたが、実は2012年にスペインを訪問してはいない。もちろん嘘はついていない。
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先を見抜いて判断する力を表す「先見の明」。自分にあるとは思わないが、昨年までボタフォゴでプレーしたジエゴ·コスタに興奮したのは15年前。これは将来の代表入りもあり得るのではなかろうか。まさかセレソンではなく赤いユニフォームまでは予想できなかったのだが。
祖国ブラジルから18歳の若者をポルトガルに連れてきたのはブラガ。9試合に出場後2007年1月セルタ·デ·ビーゴへ。
晴れ男にしては非常に珍しいレイ二ーデー。スペインでも雨が降るのかと思いつつ、試合もないのにスタジアム周辺を散策しカメラを取り出す。片側のゴール裏のみスタンドがない。欧州の小国の2~3部レベルのクラブであれば、両ゴール裏がないとかメインスタンドしかないような構造のスタジアムは然程珍しくもない。
バジェカスのユニークなところは隣のマンションとの距離が異常に近い。もはやスタジアムの一部。住人からすれば自宅の庭で試合が行われている感覚である。
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総合スポーツクラブであるラーヨ·ヴァジェカーノに各競技種目の部門があるわけではなく、マドリッド市の各スポーツ協会がバジェカスの中に練習施設を置いている。バラエティ豊かな看板が並ぶ。ボクシングジムの『エルラヨ』はスペインでも屈指の名門。映画『ハスラー2』(1986年制作)を劇場で鑑賞し、プールバーに通った世代にはビリヤードは見ているだけで楽しい。小学生の息子と競ったのも懐かしい想い出。
卓球もラケットが描かれているのでわかるがチェス協会。別にトレーニング施設はいらないし、そもそもスポーツなのかと疑問符が頭から離れない。
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2009年5月2日 テレサ·リヴェロに足を運んだファンの数は八千人程度。ラーヨはまだ昇格に首の皮一枚可能性を残していた試合。しかし地元サポーターは意気消沈して帰路へ。スコアは0-3でアルバセテ·バロンピエが完勝。この試合の映像がユーチューブにUPされている。