オシムも1990年のイタリアW杯での旧ユーゴスラビア代表監督としてのベスト8進出を筆頭に、オーストリア1部リーグのシュトルム・グラームで予算規模に乏しいクラブを国内タイトル独占、欧州チャンピオンズリーグ出場などの黄金時代を築いた。Jリーグでも「オリジナル10」の一員ながら低迷し続ける弱小倶楽部だった千葉を率いて、毎年のようにリーグ戦の優勝争いに絡み続けた。最終的にリーグ戦でのタイトル獲得はならなかったが、2005年にはクラブ史上初タイトルとなるJリーグヤマザキナビスコカップを制覇。翌年には自身が日本代表監督へ抜擢され、息子のアマル・オシム氏が引き継いだ千葉が同大会を連覇した。それも毎年のように日本代表に招集されるまでに成長した主力選手が抜けていく中でだ。