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2003年にセルビア·モンテネグロへ改編される前年、11月20日の親善試合でフランスが3-0で勝利したものの通算成績では一歩及ばず。二十世紀後半、間違いなくユーゴスラヴィアはフットボール大国としての地位を確立しており、レ·ブル-にライバル視されたチ-ムには紅白縦縞のユニフォームを着たツワ者の姿が欠かせなかった。
しかし’98年にUEFAカップ一回戦でFCメスにPK戦で勝利したものの二回戦でオリンピック·リヨンに合計5-3で敗れてから、リ-グアンの壁がセルビアの赤星の行く手を阻んだ。翌年の同杯で一回戦の相手はモンペリエ。安全上問題有りとされ、初戦はベオグラードではなくソフィアで行われている。敵地ではドローに持ち込んだもののブルガリアでの敗戦が悔やまれる結果に。
UEFAヨ-ロッパリ-グ(EL)に改称後は2011年にスタッドレンヌとプレーオフで対戦。久しぶりに両国クラブが顔を会わせたが驚きの合計スコア6-1。かつての大国ユ-ゴを代表する名門は、もはや小国セルビアのトップに過ぎず、五大リーグの中堅に呆気なく敗れ去る現実をセルビアのオ-ルドファンは憂いた。
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あの日あの時は◼️2012年8月24日UEFAヨ-ロッパリ-グ予選ラウンド1stレグ ツルヴェナ·ズヴェズダ対ジロンダン·ボルドー。
公式入場者数は39,482人。このシ-ズン三万人以上の集客は
十一月のヴェチティ·デルビでの四万四千とこの試合だけである。試合はスコアレスドローながら激しい闘志がピッチ上で火花を散らしボルドーでの第二戦に引火し大爆発する。先制されたものの逆転したのはホ-ムチ-ム。時計の針は90分に差し掛かったところでNikola Mikic【1985年9月13日生】の値千金の同点弾。アウェーゴール差での勝ち抜けをセルビア人サポーターが確信した三分後ヨアン·グフラン:Yoan Gouffran【1986年5月25日生】にPKを決められて天国から地獄に真っ逆さま。財政難に見舞われ選給料未払い滞納の中で選手達がベストを尽くした涙ぐましいシ-ズンだった。ボラツ·チャチャクから獲得した新戦力フィリップ·ムラデノビッチ:Filip Mladenović【1991年8月15日生】はこの試合で左サイドバックのはフル出場で無失点に貢献。ポ-ランドウクライナ共催の欧州選手権が開催されたのがこの年。同年5月31日に大会前、調整試合でフランス戦はセルビア代表と対戦。ムラデノビッチは初キャップを記録している。現在は上写真のパナシナイコスからスュペル·リグのカラギュムリュクへと期限付移籍中。
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右腕のタトゥーが印象的なマルコ·ヴェショヴィッチ:Marko Vesovic【1991年8月28日生】はムラデノビッチより誕生日が八日後の右ウイング。モンテネグロの首都ポドゴリツァ出身だからとセルビアと二重の国籍。写真のレギア·ワルシャワから21年にカラバフ·アグダムを経て、今季はクロアチアのロコモティヴァに。
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ボルドー戦はこのU21コンビに加え、プロとして初のベンチ入りを果たしたのが当時十八歳のヴカン·サビチェビッチ:Vukan Savićević【1994年1月29日生】。ベオグラード生まれでユ-スからトップ昇格したばかり。この時はセルビアU19代表。U17
代表はモンテネグロだったが、2015年にスロヴァン·ブラティスラヴァに移籍と同時にU21代表からはモンテネグロに戻している。
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