84〗Roazhon Park / レンヌ

効率的&合理的 ゴ-ルキックから頭で落としてル-プで先制

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しかしこの試合よりも記憶に残る試合がある。あの日あの時は■2019年5月12日リ-グアン第36節スタッド·レンヌ対EAギャンガン
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フリ-で撃たれた強烈なシュ-トをエリア外のコウベクが足と胸で防ぎ開始早々興奮のボルテ-ジが上がると十五分、コウベクからのロングフィ-ド、この日ワントップのエムベイェ·ニアン:M’Baye Niang【1994年12月19日生】が競り勝ち頭で落としたボ-ルに反応したのは同胞の後輩。イスマイラ·サール:Ismaïla Sarr【1998年2月25日生】のル-プシュ-トは、相手キ-パ-の頭を越える柔らかな曲線を描き無人のゴ-ルに吸い込まれた。現在英クリスタルパレス所属のセネガル代表も映像を見ると初々しい。その後落ち着いていた試合が大きく動いたのは残り十分を時計の針が示したあたり。センタ-バックが退場して数的不利の状況で同点ゴ-ルを許してしまったのは残り時間三分の悪夢。この悪い流れは断ち切れずアデイショナルタイムにPKを献上してしまう。
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キッカ-は背番号十一マルクス·テュラム:Marcus Thuram【1997年8月6日生】。翌月フランスU21代表に招集されるマルクスはまだリリアンの息子の域を出ない認知度。この心理的な重圧のかかるラストプレ-を制したのはベテランのコウベク。キャリアがものを言って試合はドロ-に。この日のレンヌは右サイドにゼファン、左サイドにはラミ·ベンセバイニ:Ramy Bensebaini【1995年4月16日生】を配したアルジェリアコネクション。マルクスとベンセバイとコウベクは三ヶ月後ドイツの国境を越える。ボルシア·メンヒェングラートバッハで再会したのはマルクスとベンセバイ。そしてコウベクはアウグスブルクに。
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さて、最後にレンヌといえばあの人に触れずには終われない。この試合ではベンチを温めていたが前月に若冠十六歳でリーグ·アンデビュ-を果たしていたのがエドゥアルド·カマヴィンガ:Eduardo Camavinga【2002年11月10日生】。フランス屈指の育成クラブとして名高いレンヌ·ユ-スが輩出したなかでも近年の最高傑傑作の誉れ高い。’13年からレアルに移籍する’21年までの八年間をこの街で過ごしている。
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戦火を逃れフランスにたどり着いた家族 少年はレンヌからマドリ-ドへ

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コンゴ共和国国籍の両親はエドゥアルドが生まれる僅か一ヶ月前の2002年10月に、激しい爆撃を受けるアンゴラのミコンジェで暮らしていた。四人の兄弟姉妹を連れてアンゴラを離れた家族が目指したのは自由、平等、友愛のエグザゴン:l’hexagone。最初はリール、その後アミアンへと移りレンヌから50km離れたブルターニュ北東部の町フージェールで平穏な暮らしを取り戻した。
英仏海峡に面した北部。一方南部は大西洋の荒波と風雨に削られた岩が独特の変化に富んだ景観を作り出し、かつて世界から若き才能が訪れ、後の名画を世に送り出したブルゴ-二ュ。時代は変わり、これからはビスケー湾の波に揉まれたアフリカの原石達が緑色のフィ-ルドで輝きを放つのだろうか。〖第八十四話了〗

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⏹️写真/テキスト:横澤悦孝 ⏹️モデル:有坂かずさ