101〗Ivan Laljak-Ivić Stadium / ザプレシッチ

今や世界で最も有名なクロアチア人となったことは疑いようのないルカ·モドリッチ:Luka Modrić【1985年9月9日】。2004年には後にクロアチア代表最終ラインの防波堤となるヴェドラン·チョルルカ:Vedran Ćorluka【1986年2月5日生】、当時はU20代表の左サイドバック、フルボイェ·カレ:Hrvoje Čale【1985年3月4日生】と三人が顔を揃えた。最年長カレの運転する車で毎日ザプレシチでの練習に通った仲。このシーズンはクラブ史上最高成績の2位でフィニッシュ。リザーブチーム程度に考えていたはずが、突然優勝を争うライバルへと変貌したザプレシチに慌てたディナモは冬にモドリッチとカレを呼び戻す。彼らがもしもそのままこのチームでプレーしていれば国内制覇の栄光を手にしていた可能性は極めて高い。

カレがザグレブを離れたのは2008年トルコのトラブゾンスポルからのオファーが届いてから。カップ戦ウィナーに輝いた後、2011年ヴォルフスブルグへ移籍するのだが、二シーズンの間でフェリックス·マガト:Felix Magath【1953年7月26日生】から与えられた出場機会は、僅か一試合のみ。不遇のブンデスから新天地ベルギーのべフェレンへと移籍して再び花開く。その後同胞のイゴール·ビシュチャンが指揮するスロべニアのオリンピア·リュブリャナへ。
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マージーサイドのクロアチア人はエ-ゲ海へと向かう

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このビシュチャンはザグレブに生まれユースからの生え抜き。カズと共にプレーしていた頃はボランチだったが守りの要的存在。
2000年にリヴァプールへと移籍。UFFAカップでは中田英寿:Hidetoshi Nakata【1977年1月22日生】が攻撃のタクトを振るうASローマと対戦するが、ベンチにビシュチャンの姿はない。ザグレブで同大会に出場していたから彼にはこの試合の出場資格が無かったのである。前任者はセンターバックで起用していたがスペイン人指揮官はクロアチア時代の中盤に戻したのが03-04シ-ズン。翌年ギリシャのパナシナイコスでは最終ラインに入り、アテネでバルセロナを完封(0-0)している。
2008年古巣に復帰した際には、トッテナムへと移籍したモドリッチの後任としてキャプテンマークを引き継いだ。リヴァプールのクロアチア人と云えば、このビシュチャンも良かったのだがやはり筆者のイチ推しはデヤン·ロヴレン:Dejan Lovren【1989年7月5日生】。推しの理由は「ウクライナ進攻しても、ゼニトや俺に罪はない」とカタ-ル大会ではEU加盟国の国籍保有者で唯一ロシアのクラブ在籍者として出場した曲げない漢ぶり。彼に魅せられてカタ-ル大会は画面のクロアチアに声援を送ったらまさか日本と対戦することになるとは。現在はクロアチアの先輩ビシュチャン同様ギリシャへ。PAOKテッサロニキでプレーしていたが年内最終戦となるパナシナイコス戦は二試合連続で負傷欠場しているのが気になるところ。

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シベリアでの再会 水の都のロブレン チョルルカはパロヴォーズへ

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さて、北中米大会の欧州予選を勝ち抜いたクロアチア代表ベンチにはヴェドラン·チョルルカのラテン系にしか見えない濃い顔が映し出された。2012年からロコモティフ·モスクワでプレーしていたセンターバックは、’21年の引退後もモスクワに残り同クラブのコーチ、また時を同じくしてズラトコ·ダリッチ:Zlatko Dalic【1966年10月26日】をサポートすべく代表チームに。三十代の若きコーチは、将来の指揮官候補であることは間違いない。
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チョルルカは2007年のマンチェスター·シティからトッテナムと英国プレミアを渡り歩き、ドイツを経てロコモティブ·モスクワに。上写真は2019年のゼニト·サンクトペテルブルク戦を撮影。代表チームては長くコンビを組んだロヴレンがリヴァプールからゼニトに移籍したのは2020年。両者はシベリアの地で敵味方に別れ再会することになるのだが、このロヴレンにも出場機会を与えようと、ザプレシチに貸し出されて五十試合ほど出場した経験がある。
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