今季でドイツでのプレーが9シーズン目となった長谷部。ドイツで最初に加入したヴォルフスブルクではブンデスリーガ優勝にも貢献した。
ただし、そのポジションは日本代表でも定位置を掴んだボランチではなく、右サイドMFや右サイドバックなど自身が希望するボランチではなかった。
ヴォルフスブルクはメインスポンサーである地元の世界的自動車メーカー=フォルクスワーゲン社が多額の強化費をつぎ込んで代表クラスの選手を次々と獲得してくるため、どんなポジションでも器用にこなして結果を出した長谷部と言えども、徐々に立場が危うくなって来た。
とはいえ、長谷部は常にプレーの幅を拡げて来た選手だ。藤枝東高校を卒業後、日本のJリーグでは2002年に加入した浦和レッズ一筋にプレーした長谷部。浦和時代は「和製・カカー」と称され、中盤から自らドリブルで持ち上がって得点まで決めてしまうプレースタイルに特徴があった。
しかし、浦和には2列目にタレントが揃っており、長谷部はポジションを1列目下げてボランチとして定着。それでも当時の長谷部の特徴は、ボランチながらも中盤で自らドリブルで駆け上がって直接多くのゴールに絡むプレーだった。ボランチ像としては異端に見えるプレースタイルだったが、2列目で起用できなくても何とか先発に組み込ませようとボランチ起用に至った当時のハンス・オフトやギド・ブッフバルト両監督の手腕は大胆かつ斬新だった。
長谷部をレギュラーに据えた浦和は2003年にヤマザキナビスコカップ、2005~2006年度の天皇杯の2連覇、2006年のJ1リーグ、2007年のAFCチャンピオンズリーグ、と毎年のように主要タイトルを獲得。そんな長谷部が2008年1月にドイツへ移籍後、実は浦和は1度も主要タイトルを獲得していない。昨年も明治安田生命J1リーグ第1ステージこそ制覇したものの、年間優勝はならず。長谷部の偉大さはここでも際立っている。