年齢的にももう若くないにも関わらず、未だフランス代表としてのキャップ数は僅か11試合1得点。エジルやアレクシス・サンチェスのように代表チームで主役を張るアタッカーではないラカゼットに対して「クラブ史上最高額」はどう考えても“適性価格”ではない。
移籍市場で“適性価格”に拘るヴェンゲルは、なぜ迅速にラカゼットを獲得したのか?
リヨン王朝崩壊から掴んだ“第2のアンリ”への道
リヨンの下部組織出身であるラカゼットは、プロデビューした頃はドリブル突破を得意とするサイドアタッカーだった。当時のリヨンはリーグ7連覇が止まった頃で、『リヨン王朝』が終焉を迎えており、現レアル・マドリーのFWカリム・ベンゼマを引き抜かれたり、世界最高のFKの名手でもある司令塔のMFジュニーニョ・ベルナンブカーノも退団した移行期だった。
その上で、リヨンは大型補強によって競争力を維持しようとしており、ベンファミン・ゴミスやリサンドロ・ロペスのような実績のある代表クラスのFWを高額な移籍金で獲得して主軸に据えていたが3年連続の無冠が続き、やがてはCL出場権も逃した。
新スタジアム建設も控えていたリヨンは監督に下部組織の指導者を昇格させ、チームも下部組織出身の選手を中心に据えた編成となった。2013年にはリサンドロ・ロペス、2014年にはゴミスも退団。世代交代と名乗れば恰好がつくものの、明らかな緊縮財政だった。
そんな中、ウインガーとしてシーズン15得点を挙げるなど頭角を現わしていたラカゼットは、2014年に就任したウベール・フルニエ監督によって1トップにコンバートされた。23歳の時だった。成長過程としてはアーセナルでFWにコンバートされたレジェンド=ティエリー・アンリにも似ている。
本来ウインガーのラカゼットはスピードに恵まれている。チームの3分の2が下部組織出身の選手で占められる中、チームは彼の持ち味を活かすため、周囲には下部組織の後輩である3歳年下のナビル・フェキルやコランタン・トリッソ(現バイエルン・ミュンヘン)、クリントン・エンジエ(現オリンピック・マルセイユ)が配置された。
スピードに恵まれた若手アタッカー3、4人のグループで一気にゴール前まで駆け上がる速攻が組織的に機能し、ラカゼットは27得点を挙げてフランスリーグの得点王とMVPを獲得。そして、フェキルも13得点、トリッソとエンジエが7得点ずつと得点を量産し、このシーズンは総得点72の9割以上をアタッカーが決めたのだ。
“MSN”や“BBC”やブラジルの“3R”のように
つまり、175cmのラカゼットは空中戦でのポストプレーでは機能しないかもしれないが、スピーディーな展開の中で周囲の選手を上手く使う術を持っている。当然、元ウインガーとしてドリブルの鋭さも持っており、FWコンバート以降の3シーズンで連続して20得点以上を記録した。
それはバルセロナの“MSN”やレアル・マドリーの“BBC”のように、スピードと圧倒的な個人能力を持ち合わせながらも周囲と連動できる3人のアタッカーを配し、戦術よりもタレントの組み合わせに託すようになって来ている欧州サッカーのトレンドにも合っているのではないか?
3バックシステムで前線の3人が司令塔と切り込み役、ストライカーのトリオ編成という観点から考えれば、2002年の日韓W杯で優勝したブラジル代表の“3R”こと、ロナウド・リバウド・ロナウジーニョのようなトリオ結成が今季のアーセナルの理想形なのかもしれない。
アーセナルは<3-4-2-1>のシステムを採用しており、2列目のシャドーをエジルとサンチェスが担っている。1トップにもスピードと個人技がありながらワンツーやフリックを駆使できるタレントが求められていた中、ラカゼットはそのリクエストにパーフェクトに応えられるストライカーだろう。