このようなハードワークを問われるため、G大阪のサイドMFの2つのポジションには阿部以外にも倉田秋や大森晃太郎(今季からヴィッセル神戸へ移籍)の3人が主力としており、3人で1試合を回す起用法が採られていた。
その中でも最も先発起用の回数や出場時間が群を抜いて多いのが阿部だったのだが、その理由は戦術的インテリジェンス(知性)や周囲の選手の特徴を引き出す柔軟性にあると考えられる。
インテリジェンスとはサッカーというゲーム中に起きる事象について的確に判断を下せる能力だ。阿部の場合は特にドリブルで相手1人を交わした後の急加速とドリブルのコースの選び方が的確だ。中盤で相手を1人交わした際に急加速し、より相手が嫌がる中央部に切り込みながらミドルシュートやラストパスを選択してフィニッシュに絡む。味方選手がドリブルしてる時でも1人交わしてからのスピードアップは特筆モノで、さほどスピードがあるとは言えない阿部はこの能力によって“速い選手”に見えるのだ。
中盤の何もないような局面からドリブルで1人抜いても何か起こせる事は決して多くはない。ただ、阿部はおそらく相手の守備を「網」として捉えており、中盤で1人を交わせばそのまま相手の中盤3、4人の「網」を突破できると考えているため、1人交わしただけで相手の深部に侵入してチャンスメイクをこなしてしまえる賢い選手なのだ。だからこそ、彼は攻撃面でも守備面でも多くのチャンスやピンチの場面でボールに絡むことができる選手なのだ。
また、G大阪の右SB米倉恒貴は得点に直結する超攻撃的なSBで、相手DFラインの裏に抜ける動き出しはFW顔負けの専売特許。しかし、彼は自陣でのビルドアップやパス回しが不得意な選手。そこで右サイドMFの阿部がビルドアップ時に低い位置まで下がってパスを受けてタメを作り、そのあいだに米倉の裏抜けを促すプレーの数々はG大阪の大きな攻撃パターンになっていた。
2016年シーズンにその米倉の活躍が限られたのは、そんな彼の長所と短所を補う阿部の出場機会が少なかったからだろう。こうした周囲の選手の特徴に合わせたプレーもできるのが阿部の魅力なのだ。
7度のシルバーコレクター川崎をクラブ史上初タイトルへ導く!
本来の阿部個人の得意とするプレーは、ガンダムのような屈強な両足から放つ強烈なミドルシュート。また、スペースを突くランからフィニッシュに多く絡み、得点を多く重ねられる選手だ。
しかし、彼は上記したように戦術的インテリジェンスを持ち、周囲の選手の特徴に合わせられる自立した賢い選手でもある。
G大阪では次第に自分の判断を優先するプレー選択が多くなったため、マニュアルのような約束事の最優先を徹底させる長谷川監督のファーストチョイスではなくなってしまった。
新天地の川崎は2016年シーズンの明治安田生命J1リーグを年間勝点2位で終えていた。参戦した明治安田生命Jリーグチャンピオンシップ準決勝では鹿島アントラーズに敗れた川崎は、奇しくもチャンピオンシップの再現となった天皇杯決勝でも鹿島に敗れ、クラブ史上初タイトルの獲得ならず。J1リーグで3度、ヤマザキナビスコカップ(現・ルヴァンカップ)で3度に続き、通算7度目の準優勝に終わっている。
その天皇杯決勝を最後に、5シーズンに渡って指揮を執り続けた風間八宏監督が退任(名古屋グランパス新監督に就任)。新監督には鬼木達コーチが昇格し、風間監督が植え付けた華麗なパスサッカーの継続路線をとる事をクラブ側も期待しているが、その変化はあるはず。特に2013年の加入からJ1リーグ史上初の3年連続得点王を獲得した元日本代表FW大久保嘉人の退団(FC東京へ移籍)により、4年間でリーグ130試合で82得点を挙げて来た絶対的な攻撃の柱を失った事は大きな変化だ。
しかし、G大阪で長期政権後の歪みを経験した上で3冠の原動力にもなった阿部は、“風間&大久保ロス”で揺れる可能性もある川崎にとって大きな存在となっている。
G大阪では4バックの経験しかないが、彼はポジションやシステムに合わせるのではなく、どんなポジションでもシステムでも自分のプレーができる本物のポリバレント(多様性)を持っている。3バックを採用する事も多い最近の川崎でも持ち味を発揮できるはずだ。
自陣に戻るために運動量を割かなければいけなかったG大阪時代とは違い、攻撃的な川崎では前でボールを奪うためにハードワークできる。そんな阿部は川崎で1トップを任せられている。現在は負傷で離脱しているが、1トップとして前線から相手ボールを追いながら“実務的な”攻撃サッカーへとマイナーチェンジした川崎で重要なピースになっている。
これまで記録ではなく『記録に残るチーム』だった川崎フロンターレに、『記録』を手繰り寄せられるのか?阿部の活躍が楽しみだ!