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スペイン代表の黄金時代から考えるサッカー論

 1998年に守備重視のクレメンテからアントニオ・カマ―チョへと代表監督が交代すると、今度は真逆の攻撃的なサッカーへと舵を切るようになったスペイン。ただし、それは現在のようなパスサッカーではなく、両サイドにホアキン・サンチェスやデ・ペドロのような純正ウイングを起用し、最前線のフェルナンド・モリエンテスやディエゴ・トリスタンといった長身FWに合わせるサイド攻撃。ただ、ラウールのカリスマ性や、前線の4人は完全にアタッカータイプが配置される攻撃重視のサッカーは人気がありました。それでもカマ―チョは2002年の日韓W杯準々決勝で主審の判定が物議を醸した、“あの”韓国相手のPK負けによるベスト8敗退により、協会から慰留されても辞任を決意。