“マドリディスモ(レアル・マドリー主義)”を体現する故アルフレッド・ディ・ステファノ、偉大なる主将サンティジャナ、ファニートから始まったマドリー歴代のゴール集。バルセロナには明確な攻撃スタイルや哲学があって日本でもそれが語られる中、マドリーのそれとは?ゴール集と共にご紹介したい。
1950年代後半に欧州チャンピオンズカップ5連覇の歴史的偉業を果たしたディ・ステファノの時代。彼等と共に選手としてもプレーしたムゲル・ムニョス監督が率いた1960,70年代の“イェ―イェース(ビートルズの『シー・ラヴズ・ユー』が由来)”の時代を終えてから少しの低迷期を経て復活したのが1980年後半の5連覇を達成したのが通称“キンタ・デ・ブイトレ”だった。下部組織出身のFWエミリオ・ブトラゲ―ニョの愛称”ブイトレ(ハゲワシ)”を冠したチームは1989-1990年シーズンにリーグ記録となる107得点を記録。ウェールズ人のジョン・トシャック監督が英国伝統の<4-4-2>システムを持ち込み、機能的な高速サイド攻撃からスピード自慢の2トップの決定力を最大限に活かした。特にブトラゲ―ニョと2トップを組んだメキシコ人FWウーゴ・サンチェスは4年連続を含む5度のリーグ得点王を獲得(1度目はアトレティコ・マドリー在籍時)。このゴール集の多くもアーリークロスや、サイドを切り裂いての折り返しからのゴールが多いのも“キンタ・デ・ブイトレ”時代の影響が大きい。
“至宝”ラウール・ゴンザレスやジヌディヌ・ジダンやロナウドが揃った2000年前後から始まった“ロス・ギャラクティコス(銀河系軍団)”の時代はもちろん、現在の“新・銀河系”もクリスティアーノ・ロナウドやギャレス・ベイルが披露する高速カウンターの機能性から得点を量産するスタイルは、“トシャックのマシン”と言われるブイトレ時代の影響が色濃く残っているのである。
11月21日に行われる今季最初のクラシコ。マドリーの本拠地サンティアゴ・ベルナベウでの一戦も、ブイトレ時代の高速サイド攻撃が勝敗を分けるポイントとなるであろう。そして、その“ブイトレ”ことブトラゲ―ニョもクラブのスポークスマンとしてスタンドからクラシコを見守っている。