駅を挟んで南側に何やら見覚えのあるような構造物。以前はKulturpalast(文化宮殿)と称された化学アカデミーの高層建築。モスクワのセブンシスターズを模倣したスターリン様式にソ連時代の名残りを感じる。翌々日ワルシャワで同様式の文化科学宮殿も目にしたが、重厚感ではリガが優る。写真では分かり難いかもしれないが、細い送信アンテナが張り巡らされておりテレビ局やFMラジオの放送局がオフィスを構える。
自由の記念碑広場に向かって歩を進めると涙雨が空から。ラトビア独立戦争の戦没者の慰霊と平和への祈りを込めた『自由の慰霊』の前で手をあわせ目を閉じた。このモニュメントは同国の自由·独立·主権の象徴でもある。完成は1935年11月18日。建国記念日と同じで自分の誕生日の一日前なので覚えやすい。高さは四十二メートル、上へ行くに従って細くなる四角柱の上には『自由の女神』のお姿。
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三百メートル歩いてラトビア大学前まで三号線(もしくは十一号線でもよい)のトラムバスに乗車。芸術アカデミー、国立美術館の建物を右手に眺めて僅か二区間、およそ五分で降車。百メートル歩けばスタジアムの照明塔が左方向に見える。
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第20話はラトビア代表チームの本拠地スコント·スタディオン。収容人員は九千五百人。
あの日あの時はあの日あの時は■2003年11月15日EURO予選プレーオ第一戦ラトビア代表対トルコ代表
’00年6月に完成以降 最多の九千人を動員したこの試合はラトビアが’91年にソ連邦から独立後、同国最大のスポーツイベントであることは間違いない。
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