それでも川崎はバイタルエリアで少しでも時間やスペースができると、大久保やレナトがミドルレンジから鋭いシュートを放ったり、右SBのエウシーニョが内側へのオーヴァ―ラップからフィニッシュに絡むバリエーションを見せる事で、手を替え、品を替えてゴールに迫りました。
そして38分、エウシーニョが右サイドから持ち込んで起点となり、中央のMF陣と絡んで中央突破へ。バイタルエリアで憲剛がボールを受けると、小林へ縦パスを入れてパス&ゴーで前進。小林が相手DFと交錯しながらこぼれたボールを憲剛が自ら拾い、エリア内で虚を突かれてを作ってしまった甲府のDF陣の間を通すスルーパス。ゴール前でオフサイドぎりぎりの絶好のポジションニングをとってフリーの大久保が確実なトラップ&シュートで難なく流し込み、川崎がまさに大黒柱コンビのホットラインで先制。1-0。
前半はその大久保のゴールにより、川崎が1-0とリードして折り返しました。
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ポゼッションの利点を活かす川崎 相手に隙を与えない試合運びで完勝
両チーム共に選手交代なしで入った後半。リードした川崎は前半よりも余裕を持ってボールを支配。相手の裏を狙うために最終ラインを引いたり、相手にボールを渡してカウンターを狙うのではなく、ポゼッションの有利をそのままに、相手が前に出て来た時に裏へボールを運ぶというイメージで試合を進めました。
これが実に効果的でした。ビルドアップも相手が寄せてくると逆サイドに展開したり、両SBがサイドでキープしてから中央でのワンタッチパスの連続でバイタルエリアを攻略していったりと、ポゼッションサッカーが出来る強みはリードした状況でこそ活かせます。相手は得点しないといけない、ボールを奪わないといけない、その心理の逆をついていくパス回しは技術と共に相手の心理を読む事にもあると言えます。この日の後半の川崎にはそんな相手をも支配するような隙を与えない試合運びを見せました。
59分、甲府が左サイドの低い位置でビルドアップを開始すると、対面する小林がボールに寄せ、続いて途中出場のFW船山貴之も連動してプレッシング。これを大島が拾ってそのまま前に持ち上がり、DFを釣り出す縦パス。大久保がワンタッチヒールで落とすと、続く憲剛はタメを作って左サイドを駆け上がったレナトをフリーで使えるようなお膳立て込みのラストパス。レナトが左足ダイレクトで放ったシュートは相手DFに当たったものの、そのままゴールに吸い込まれて川崎に追加点。2-0。
こうなると俄然ポゼッションサッカーの生きる土壌が出来上がり、相手DFラインが高くなった裏を憲剛の長いスルーパスに大久保が抜け出す場面は決めきれませんでしたが、最後は追加タイムの92分に追加点。再び憲剛の長いスルーパスを受けたレナトが左サイドから持ち込み、エリア内でキックフェイントでDFを交わし、まさかの逆足でシュートを決め3-0。
甲府は後半になって常にボールの後ろを追わされていた、“走らされていた”試合。トラッキングデータで盛り上がり、「走る事」が称賛される現在のJリーグにあって、人よりもボールを動かす。でも思考スピードを速くしてプレースピードは上げる。そんな川崎流(風間八宏監督流かもしれない?)ポゼッションサッカーの理想を体現したような完勝でした。
中央を活かす”幅”を利かせたエウシーニョ 技巧派揃う攻撃陣にハードワークで挑む船山
この日の川崎は55分、MF森谷が負傷し、前節に後半開始からの出場で流れを変えた新加入のFW船山が投入されました。小林が右サイドMFに入り、船山は大久保との2トップに入ったのですが、これがまさに試合展開を考えると、“怪我の功名”だったかもしれません。昨季はJ2・松本山雅で19得点を挙げて初のJ1昇格へ導いた船山は、その松本で反町康治監督に鍛錬されたハードワークでアピール。2点目のショートカウンターを生むプレッシングなど技巧派が多い川崎の攻撃陣にあって、船山の存在感が前節に続いて出ました。
右SBに入ったエウシーニョも持ち味を見せました。先制点の起点もそうですが、中央に寄りがちな選手が多い川崎の選手個々のプレースタイルにあって、その中央突破を活かすため、サイドで起点を作って相手を引き付ける働きが重要になって来ますが、それをこの日はエウシーニョが披露していました。ウイングでも起用される攻撃力が売りの選手とはいえ、中盤との絡みや、1対1の仕掛け、ビルドアップをビルドアップで終わらせない一工夫あるプレーで中央の憲剛と大島を楽にプレーさせたと思います。実際、ボランチの憲剛と大島はほとんどが前を向いた状態でボールを受けられました。また、エウシーニョが右サイドで存在感を放ってくれる事で、昨季までは左サイドのレナト頼りだった個人技の打開、ドリブルを組み込んだ仕掛けというのもバリエーションが出て来たと言えます。
左SBの大卒新人DF車屋紳太郎は狭いスペースでは打開力がなく物足りない部分はありますが、こちらのサイドはレナトに圧倒的な個人技があるため、ビルドアップの確かさとサポートに入るセンスはあるので、試合を重ねて連携とプロのスピードに慣れると面白い存在になるかもしれません。
船山もエウシーニョも車屋(昨季は強化指定選手)も3人とも新加入選手です。阿吽の呼吸のような連携力が必要な現在の川崎のパスサッカーですが、この時点で彼等3人や、仙台から加入したDF角田誠も含めて今季から加入した選手が新たな要素をもたらしているのは興味深い点です。
あとは、この日は甲府が専守防衛で引いて挑んで来ましたが、逆に前からプレスに来る相手と対戦した際には第4節のアルビレックス新潟戦のように2トップがサイドのスペースに流れて速い攻撃をする必要もあると思います。その際、サイドでボールを収めるだけのFWなら、昨季の森島康仁のままですが、そこへスピードと突破力も兼備するFW杉本健勇を獲得した大きな意味があると思います。新潟戦ではその杉本が1ゴール1アシストの活躍でしたので、前からプレスしてくる相手には杉本が必要なのかもしれませんし、この日負傷交代した森谷の状態によっては、小林をサイドMFにして杉本を組み込むなど新たなオプション、コンビネーションが生まれる事も楽しみにしたいです。
最初に仕掛けるチームの勇気 最初に声をかける勇気が名作を生む
優秀な若手選手が海外移籍をした空洞化現象か?それともブラジルW杯の惨敗やアジアカップでのベスト8敗退が引き金か?クラブライセンス制度が影響しているのか?“身の丈”にあった現実的なサッカーを志向するチームが多過ぎる現在のJリーグにあって、川崎のパスサッカーは異端に映ります。
ボールを繋ぐパスサッカーを志向すると、バックパスを多用する事になり、それをかっさらわれるとカウンターどころか失点直結のピンチになります。最初に仕掛けるチームがより傷付く。告白してフラれるヒトのように。しかし、自ら告白する事によって、「最初は付き合う気はなかった」女性(いや、最近は男性も?)をも振り向かせるような事は多々あることではないでしょうか?
この川崎のサッカーが“異端”と言われても、実にシンプルなプレーの連続というだけの話で・・・もっと川崎のようなサッカーをするチームが増えてくれる事を願いたいと思います。最初から仕掛けるチームの勇気を。だって、最初から話しかけるヒトがいなければ名作ラヴストーリーも出来ないですよね?守備的サッカーを積極的に志向できるのは、よっぽどの誘いを受ける美人(美男)であるタレントがいるチームだけでは?