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「王者」サンフレッチェ広島の歴史 〜偶然と必然によって誕生した「広島スタイル」

 しかし、J2降格が決まった直後にペトロヴィッチ監督の続投が狂気に満ちたゴール裏サポーターの前で、当時の久保允誉社長の口から発表された。就任から1年半を経過した監督のJ2降格は解任に相当する結果だ。「前代未聞の降格監督の続投宣言」と言われたが、冷静に考えて見れば、本当に解任するならばシーズン中にそのヤマは何度かあったはずだ。クラブは降格しても監督の続投を随分と前から決めていたのではないか?と、今思えば感じる。ただ、監督本人は辞任する気だった。記者会見かロッカールームでの選手への挨拶の際に「辞める」と言おうとしていた。その僅かに先に久保社長自らが走って駆けつけて続投要請をしたから、現在のサンフレッチェがある。浦和レッズもある。多くのJクラブが世界的には主流ではない3バックをメインとするシステムや可変型フォーメーションのJリーグ戦術史があるのだ。