125〗Gheorghe Hagi Academy /オヴィディウ

横浜とコンスタンツァ 港街を繋ぐアートの航路

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このロ-ダ戦の前日に日本では三回目の横浜トリエンナ-レが開幕。原稿の締め切りが目前。羽田空港からそのままみなとみらいに直行し荷物をコインロッカーに預けた。
さて’28年のロス五より一足早く来春からの横浜トリエンナ-レ開催が昨年末に発表されている。ディレクターにはコスミン·コスティナシュ:Cosmin Costinaş【1982年生】とインティ·ゲレロ:Inti Guerrero【1983年生】を迎える。共同でのキュレーションにより第24回シドニー·ビエンナーレ(2024年開催)を大成功に導いたコンビが復活するから楽しみ。“ヨコトリ”でルーマニア人といえば2011年。パリ在住のミルチャ·カントル:Mircea Cantor【1977年生】の作品が日本で初公開された。欧州でも異彩を放つル-マニア人とあって2018年銀座でのカントル日本初個展にも足を運んでいる。オラデア出身のコンセプチュアルアーティストの作品だけでなく、同国を代表する現代彫刻の父コンスタンティン·ブランクーシ:Constantin Brâncuşi【1876年2月19日生-1957年3月16日没】の『空間の鳥』も展示された。こちらは横浜美術館のコレクション。オラデアから東に八百三十キロ、ルーマニアの国土を横断すれば黒海沿岸に位置するコンスタンツアへとたどり着く。横浜とは1977年から姉妹都市の関係にある黒海沿岸の港町は首都ブカレストより遥かにお薦めできる。初めてキリスト教を信仰したロ-マ皇帝の妹フラウィア·ユリア·コンスタンティア:Flavia Julia Constantia【290年生-330年没】の名前が都市名の由来。姉妹都市のトルコのイスタンブールもかつては都市コンスタンティノープルだった。
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余談になるが、港湾都市間でのパ-トナ-シップは珍しくもないが、オランダではアムステルダムがイスタンブールと、ロッテルダムはコンスタンツァと姉妹·友好都市提携を結んでいる。
横浜とコンスタンツァは来年姉妹都市提携五十周年の大きな節目を迎えるから今年はプレイベントが企画されるかもしれない。
アール·ヌーヴォー様式のコンスタンツァ·カジノは1910年に完成。旅行者やギャンブラーなどの富裕層で溢れたのは遥か昔、第二次世界大戦中には赤十字が病院として活用した。ニコラエ··チャウシェスク:Nicolae Ceaușescu【1918年1月26日生-1989年12月25日生】の独裁政権崩壊と共に閉鎖されてしまった。それが20年に修復に取り組み博物館として公開される日も遠くはない。
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列車でコンスタンツァ駅に到着。市内中心部で乗り換えたバスはトミス通りを走りSocluiのバス停まで一時間。問題はここから。案内標識が示すアムステルダム通りを1キロほど歩いたのだが荒野の一本道。見渡しても何もないない。結局スタジアムまで四キロ。美しい街並を眺めていれば苦でない距離が長く感じられた。
同国の英雄ゲオルゲ·ハジ:Gheorghe Hagi【1965年2月5日生】がバルサ時代の”師の”母国を参考に自己資金1000万ユーロを投じてアカデミーを開校したのは2009年。同時に創立したトップチームのヴィトルル·はその後、ファルル·コンスタンツァと合併。スタンドの文字は”ファルルフォーエヴァ-”に。

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