残留争いの14位と15位が直接対決。ウラルのストライカー90番フョードル·スモロフ:Fedor Smolov【1990年2月9日生】。写真はロコモティフ·モスクワ在籍時の2019年ゼニト戦を撮影。一方トルペドのワントップは横浜Fマリノス、コンサドーレ札幌でもプレーしたポルトガル人ウーゴ·ヴィエイラ:Hugo Vieira【1988年7月25日生】。
中盤の右には10番セルゲイ·ゼニオフ:Sergei Zenjov【1989年4月20日生】がスタメン出場。エストニアのパルヌ出身。この街はラトビアとの国境に近いバルト海のリゾート地。息子が小学生時代に家族で暮らした市川市とは姉妹都市。三月加入したゼニオフはロシアの水があわなかったかシーズン終了後アゼルバイジャン·プレミアリーグへ。国外でプレーしたのは’08年ウクライナのFCカルパティ·リヴィウ。同年エストニア代表に選出されると2009-10シーズンのUEFAヨーロッパリーグ本選に出場。リヴィウの他にディナモ·キーウ(当時はキエフ)、メタリスト·ハルキウ、そしてリヴィウとウクライナのクラブが三チーム顔を揃えていた。
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エストニアの若きウインガー、欧州の激戦地へ
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ホームでのドルトムントの初戦は鮮明に記憶が蘇る。ゼニトフと同じく21歳の香川真司:Shinji Kagawa【1989年03月17日生】もUEFAコンペティションでのデビュー戦。0-2から左翼ゼニトフのアシストで一点を返すと更に逆転。しかしドルトムントが牙を向いたのは終了三分前。同点に追いつくとアディショナルタイムに逆転しシーソーゲームを制した。同点にされた八分後香川がロベルト·レヴァンドフスキ:Robert Lewandowski【1988年8月21日生】と交代したのに対しフル出場したゼニトフは二節パリサンジェルマン戦、三節セヴィージャ戦にも途中出場。それにしても今振り返るとこのグループJの顔ぶれ、本当にヨーロッパリーグだったのか。
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この日ウーゴが二回のPKを何れも成功させ3-1の逆転勝利。ウラルは前半にゴールキーパーが退場となり数的不利に泣かされての敗戦。この勝利で最終節に一縷の望みは残ったもののウラルが勝利して入れ替え戦に。残念ながらトルペドは15位のまま自動降格となった。
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モスクワの二大国際空港 ヴヌコヴォとシェルメチボ
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東京には空港が二つしかないのでオーバーツーリズムに頭が痛い現状。ニューヨークやモスクワは三つの空港がある。怪しげなシャトルバスに積め込まれて向かったモスクワ郊外のヴヌコヴォ国際空港。ウクライナ侵攻後もインフラ整備は手を停めることなく空港線地下鉄駅が開業したのは’23年9月。市内地下鉄改札前では大きな荷物を背負っていると空港等と同じく金属探知機によるチェックを強いられる。最初は面倒に感じたが、これで治安が保たれるならと喜んで応じるようになる。
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以前は日本からモスクワへの移動といえばシェルメチボ空港。同空港に設置された大型スクリーン。フッキがゼニト·サンクトペテルブルクに在籍いていたならば2016年以前に撮影したのは間違いない。五日後にワルシャワで開催されるUEFAヨーロッパリーグ決勝戦を控え、モスクワからサンクトペテルブルクは空路ながら、その先陸路でポーランドへと向かった些か過酷なスケジュールは忘れ難い。この年ワルシャワで決勝に駒を進めセヴィージャと対戦したのは伏兵ウクライナのドニプロ。八強にはキーウも名前を連ねた。
十年前、前述のリヴィウ、ハルキウ、ドニプロ、そしてキーウ。ウクライナ地図を拡げ各都市の位置を指させる日本人が果たしてどれくらいいただろうか。テレビを見ない筆者でもこの五年間、ウクライナの地図が連日テレビ画面に表示されたことを知らぬはずがない。
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