歴女の出現は時代の変化を象徴する出来事だと思った。古いものにこそ価値がある=ヴィンテージは、自身が年齢を重ねて、初めて気づく価値観であって、若者は新しいものに飛び付くという固定
概念から解放された。史跡を巡りをするのならば、歴史的な背景や文化を学んでおかなければ楽しくも何ともない。ル-ヴル美術館で作品を眺めていても美術の歴史博物館だから西洋美術史以前に欧州の歴史が頭に入っていなければ話にならない。
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フットボ-ル版史跡巡りの旅を振り返り 紀行文を書いてみよう
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始まりはフィレンツェのアルテミオフランキ。フィレンツェでの仕事を終えてロ-マに戻るだけ。列車の時刻まで二時間程、余裕ができたのでスタジアムに立ち寄ろうと思い立つ。2006年3月25日の土曜日セリエA31節。AFCフィオレンティーナはジュゼッペメッツァでACミランとの試合が組まれており不在。それでも筆者世代には1990年ユヴェントスに移籍したロベルト·バッジョ:Roberto Baggio【1967年2月18日生】がPKを拒否して交代させられた試合後、フィオレンティーナのマフラーを首にかけた伝説のスタジアム。当時の名称はスタディオ·コムナーレだった。1931年に建てられてから最後に修繕されたのが’90年のワ-ルドカップ開催前。一周して見ても老朽化は否めない。
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すると擦れ違ったご婦人からイタリア語で話しかけらる。スタセラ(今晩)とミラノだけは聞き取れたから、どうやらミラン戦があると勘違いしている”うっかり八兵衛”と思われたらしい。もっとも試合でもないのにスタジアムに来る行為は地元の方からすれば不思議でしかないのたろう。それから二年後、アムステルダム·アレナ(現ヨハン·クライフ·アレナ)で欧州初観戦となるから、実は観戦及び取材歴は浅い。2015年にこの媒体に寄稿して十年。どうにか自分の書きたい文章が書ける時間の余裕ができた。つまりこの連載では、サッカー版の史跡巡りである。最後の写真は、今回度々出てきたロ-マのオリンピコ。アルテミオフランキが生まれて初めてシャッターを切った欧州のスタジアムだと思っていたら、数日前のイタリア入国直前に機内から撮った画像が見つかった。ここから後に計三百は越える欧州スタジアムをフレ-ムに収めるフットボ-ル版史跡巡りの旅が幕を開けたのである。〖第九十八話了〗
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⏹️写真/テキスト:横澤悦孝 ⏹️モデル:Tamara