親子ほど年齢の離れた若者達に何処に行ってたのと聞かれキプロスの名前を出すと、「トルコとギリシャで縄張り争ってる島でしょ。」と返されよくご存知と感心した。
地理的にもわかりやすい現状であるのに対して、「以前は英国領だったのさ」と返すと驚かれたからこの黒歴史は知らなかった様子。
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ブリュッセルで生まれたヘプバーンは父親の祖国である英国の国籍を受け継ぐ。二次大戦中はオランダ貴族末裔の母親とアーネムで暮らし1944年にオランダを襲った大飢饉では死栄養失調で三途の川の手前まで行くほどのは衰弱を体験。
この三途の川にも欧州版がある。ギリシャ神話の勇者アキレスが浸かって不死身の身体となるスティクス川があの世との境を流れている。
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十九歳の少女の渡英と英国からの独立を掲げた地中海の孤島
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終戦を迎えるとアムステルダムへと移住。それから母親と共にバレエを学ぶ為、ヘプバーンがロンドンへと渡ったのは’48年。この年「キプロスはギリシャに併合されるべき」と、イギリスからの独立を唱えたのはギリシャの国王。キプロスの住民の八割はギリシャ系なのだからギリシャへの帰属を願って当然。しかし英政府はがこれを弾圧したからギリシャ正教のマカリオス大司教を中心に島民は一致団結。その後対立は深まるばかり。そして1955年に反英暴動が勃発する。
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FCパフォスのエンブレムには男性の顔が刻まれているレアなデザイン。彼こそキプロス解放の英雄エヴァゴラス·パリカリデス【1938年2月26日生-1957年3月14日没】。
パフォス県ツァダで生まれた彼は1955年11月、通学途中で二人の英国兵に逮捕された友人が縛り付けられ容赦なく殴打される姿を目の当たりにする。英兵を殴り友人を救出するとその場から逃走したパリカリデス。弱冠十七歳にしてEOKAに加入。’57年2月27日に銃器所持の罪状で十九歳の少年は絞首刑に処された。処刑された反乱者の中では最年少。その後彼の死はその若さと逮捕時の状況等から、大きな論争を巻き起こす事となる。ギリシャもキプロス島民を全面支持し、トルコも加わり、三国間で1959年独立保障協定が結ばれるのは約二年後。こうして翌’60年にキプロス共和国が誕生した後に設立されたフットボ-ルクラブはエヴァゴラス·パフォスと名付けらた。
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