武藤の目的がビッグクラブで大金を得る事であればチェルシーの移籍には大賛成だったが、彼が本田や香川と同じようにワールドカップで結果を残したいと考えるのであれば、移籍には慎重な判断が求められる。
ワールドカップはCLと違って4年に1度しか無い。どんなに優れた選手でも3~4回しか出場できず、失敗は許されない。4年に1度の祭典にベストなコンディションで臨むには、クラブシーンで躓いている訳にはいかないのだ。
4年に1度の祭典でのコンディショニングに失敗した本田と香川をテレビで見ていたからこそ、武藤は彼らと同じ轍を踏むまいとチェルシーのオファーを蹴ったのだろう。少し言い方が残酷になるかもしれないが、本田や香川は良い意味での失敗作となった。
しかし彼らが日本代表で集まった若者にビッグクラブでの経験を説く事が出来る。以前は海外に行くことこそが日本代表の実力を押し上げると考えられていたが、今は違う。ビッグクラブの光と闇を彼らが教えてくれる。
☆肩書よりも出場しているかどうか
その変化は選手だけでは無い。監督、サッカー協会、そしてサポーターにも心境の変化がある。ユナイテッドに所属している選手が代表にいる=強いではなく、クラブでコンスタントに出場している事が何より重要であると気付かされたのだ。
2014ワールドカップの日本代表は過去に例を見ないほど豪華なメンバーで、経歴も華やかだった。しかし肩書ほどの実力は見せられず、やはり所属クラブで出場していない事による試合勘の鈍りが最後まで響いてしまった。
当時の代表では本田と香川に加え、負傷明けで何か月も試合に出ていなかった長谷部、内田、吉田がいた。11人中5名が出場機会を得られていない状況で戦ったワールドカップは実にもったいなかった。
「もっとやれるはずなのに・・」そう思ったのは私だけでは無いはずだ。日本代表が成長している事は親善試合が何度も教えてくれたし、本気でベスト8やベスト4に食い込めるかもしれないと考えた時期さえあった。
しかしそれはあくまで100%の実力を出しての話だ。試合勘の鈍りや、コンディション調整の失敗などがあればグループステージさえ突破できない厳しい現実があった。
現代表監督のハリルホジッチが「クラブで出場していない選手は代表に呼ばない」と宣言したとき、多くの日本人は当たり前と感じたはずだ。それは2014ワールドカップが証明してくれているからであり、あの大会も日本サッカー界を成長させるうえで大きなものとなった。
そうした意味でも武藤がマインツを選択した判断は良かったと思う。彼が何度も口にした「自分のサッカースタイルに合うチーム」という言葉は、まさに先駆者から学んだ言葉といえる。
技術はもちろん、メンタル、語学、チームのスタイルといったあらゆる要素が揃って初めて海外で成功を収める事が出来ると武藤自身も分かっている。日本の選手が海外へ渡る前から語学の習得に熱心になったのも、サッカーの技術と同等以上に語学が大切と先駆者が教えてくれたからだ。海外で成功できない多くの選手はコミュニケーションで躓いている。
では、武藤のキャリアは今後どのような動きを見せるのか。今回の移籍に関する決断でこれほどまでに冷静なジャッジを下した武藤は、恐らくマインツでも変わらないだろう。マインツでどれほど活躍しても、次なるステップへ移行する場面では慎重な振る舞いを見せるはずだ。
なぜなら先駆者はもう1つ教えてくれている。ワールドカップの1年前の移籍は危険だと。2018年までを逆算して考えた時、最も武藤にオファーが舞い込むのはマインツ2年目の2017年になると予想できる。年齢も24歳と良い時期であり、移籍を決断するにはベストな年齢だ。
しかしもう1年待ってほしい。少なくともマインツを離れるのは2018ワールドカップが終わった後であり、それまでの3年間はマインツに全精力を注ぎこむ方が無難だ。しかしそこまで危惧する必要も無いだろう。大学卒業からプロ入り、Jリーグでのルーキー最多得点タイ記録、そして代表入りに代表初ゴール・・・。
これほど鰻登りなキャリアを歩みながら、チェルシーからのオファーには冷静な判断を下せるのだから。
武藤には度胸が無い?