41〗MAC³PARK Stadion / ズヴォレ

長谷部が’02年に浦和レッズで初めて指導を受けたのもハンス·オフトとビム·ヤンセンのオランダコンビだった。ユトレヒトでもプレーした藤田は引退後オランダで指導者の道を歩み昨春から磐田スポーツダイレクターと兼任してJFA技術委員の肩書でかつての盟友名波をサポートする。
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指導者·スタッフを育む国内リーグの発展 代表監督に求められるのは愛国心

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前回最貧国を比較に出して申し訳ないが、ギニア·ビサウ代表も選手だけは十代からポルトガルに送り磨かれ育っていく。しかし指導者やスタッフ、その他の選手を包む環境は国内リーグが未成熟の為あまりにも脆弱。FIFAクラブワールドカップではモロッコやエジプトのクラブがエントリーしているが、ナショナルチームでもこのヒエラルキーは変わる気配は皆無。日本代表はJリーグ発足から三十年の歳月を重ね培った経験と育った人材が溢れている。今後も若くて優秀な指導者、スタッフを登用し日本独自のスタイルを構築すればよいのである。
「日本の国民の皆さんに支えられてきました。皆さんの日常の活力になれるよう、日本のために勝ちたいと思っています。」と締め括った森保監督。国民というフレーズは政治家先生の専売特許だが、彼の言葉からは胡散臭さが感じられない。目先の小事だけを見て異国の傭兵監督を雇うべきではないと思うのだが、これはサッカーに限った話ではない。目先の労働力不足を解決する目的で安易に移民政策を進めると、近い将来痛い目を見ることなるのはドイツやスウェーデンが既に証明しているのだから。〖第四十一話了〗
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