ポーランド大統領選 その差は1%に満たない薄氷の勝利
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アメリカでの新政権発足以降、ドイツを筆頭に欧州各国も揃って右寄り。何よりも何処よりも『自国第一』の流れに今夏の参院選ものみ込まれるのか。『ポーランド第一』を旗印に掲げたカロル·ナヴロツキ:Karol Tadeusz Nawrocki【1983年3月3日生】氏が新大統領に。それにしても獲得票の比率が50.89%とは正に紙一重の僅差だったから、あらためてポーランド国民は自らが投じた一票の重みを感じているだろう。来月に退任する現職のアンジェイ·ドゥダ:Andrzej Duda【1972年5月16日生】大統領も右派なので反EU方向への舵取りが大きく転換したわけではない。十年前の八月、当時現職の大統領としては世界最年少となる四十三歳での就任が話題に。その年齢よりも彼の出生地=クラクフが気になったのを思い出した。
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現在のワルシャワに遷都される前、十七世紀初頭までは王国の首都だったと書くと、日本の京都をイメ-ジされるかもしれないが、街を散策すると確かに似た空気が感じられるのは気のせいだだろうか。歴史の香りが漂う旧市街と駅前の近代的なエリア。異なる魅力が共存している。
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ユ-ロ会場から外された第二の都市
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人口百七十万のワルシャワは別格として、広い国土に大都市が分散しているのは隣国ドイツと共通する。
一応第二の都市になる。それにしても2012年にウクライナとの共催ではあるがUEFA欧州選手開催都市ポ-ランド側四都市から落選した際には、些か驚きもした。仮に東京、名古屋、札幌、福岡でイベント開催となれば浪速の民の怒髪は天を衝くだろう。
この第十四回目のユ-ロではワルシャワの国立競技場を筆頭に、残る三都市も自治体が所有する建物が使用されているから、その部分はイタリア風。ポ-ランドの現職大統領は知らない方でもユゼフ·ピウスツキ【1867年12月5日生-1935年5月12日没】の名前は何となく聞いたことがあるかもしれない。
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ポーランドで独立運動の先頭に立ち建国の父と称される英雄。出獄したピウスツキが初代国家元首に任命され、ポーランド共和国の誕生は1918年。独裁者には違いないが、独伊両国と袂を分かつのは彼の掲げた多民族国家主義。国内在住のユダヤ人からの支持率も高かった。
クラクフのクラブチーム、KSクラコヴィアの誕生は共和国よりも十二年早い。オーストリア·ハンガリー、プロイセン、ロシアと三分割されており、かつて欧州最強のポーランド·リトアニア王国の面影はない。この頃はオーストリアリ-グに参戦していた。
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ポーランドきっての親日家 故マンガ氏が眠る街
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よく聞かれるのが「ポーランドには親日家が多いって本当なの?」
親日家が多いは本当。シベリア孤児を救った歴史について現地の方と話した事はないが、カバ-写真の日本大使館·広報文化センターの書棚には漫画単行本がズラリ。無料とあって中高生が寛いでいる。クラクフには磯崎新:Arata Isozaki【1931年7月23日生—2022年12月28日没】が設計した日本美術·技術マンガ博物館がある。昨年創立三十周年を迎えたこの施設のコレクションは、ワルシャワを離れオーストリア領で唯一の自治都市に永住したフェリクス·ヤシェンスキ:Feliks Jasieński【1861年7月8日生—1929年4月6日没】が寄贈したもの。北斎漫画から自分の名前にMangghaを取り入れてしまった彼のミドルネ-ムが建物の愛称に用いられている。
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