さらばシベリア鉄道 去ったクロアチア人と残ったクロアチア人
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当時七名のクロアチア人がロシアのクラブに在籍する状況。移籍先のクラブは未定でもFIFAの特別措置でルビン·カザンを退団しロシアから離れたのは真っ先に元代表センタ-バックのフィリップ·ウレモビッチ:Filip Uremović【1997年2月11日生】だった。川崎フロンターレへの移籍には、少々驚いたがデビュー戦となったアビスパ福岡戦での退場処分には普通に驚いた。その後は本来の実力を発揮したかなと思った矢先のカップ戦準決勝柏レイソル戦。後半11分の退場で戦犯確定は仕方のないところ。ウレモビッチのロシアを去る決断を否定する気は微塵もないが、筆者はこの件に関してはロブレン派。ウクライナ侵攻の責任が自身やクラブにあるわけでもないと、何ら恥じることなくロシアでプレーを続けたロヴレンはボスニアのゼニツァ生まれ。イスラム系のボシュニャク人が多数を占めた地域。集団殺害から三十年の節目となる本年、スレブレニツァで追悼行事が行われ日本からも代表者が出席したものの、セルビア人からは依然虐殺など無かったと否定する声が絶えない。
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オレンブルクの新旧ボスニア·ヘルツェゴビナ代表は今何処に
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北中米大会の切符を手にする為、まずはル-マニアを下してオ-ストリア代表との最終決戦へ臨みたいボスニアヘル·ツェゴビナ代表。イヴァン·バシッチ:Ivan Basic【2002年4月30日生】は、先月マルタとのテストマッチでスタメンフル出場を果たした。短期間での連戦だけにスタメンの可能性はあるのか。彼は
五月末までオレルブルクでプレ-した後、七月からFCアスタナに合流したセントラルミッドフィルダ-。カザフスタンのプレミアリーグが春秋制とは知らなかった。ボスニア·ヘルツェゴビナでもセルビアの国境に近い街。同国で三番目に人口の多いトゥズラ出身のレナト·ゴイコヴィッチ:Renato Gojković【1995年9月10日】はオレンブルクから昨季イスラエルへ。そして年明けからは母国のFKサラエボでプレ-している。
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