第118話はズルテ·ワレヘムの本拠地エリンダス·アレナ。地元の方は現在もレーゲンブーグ=虹のスタジアムと呼んでいる。
由来は1957年のサイクリング ロード世界選手権開催を目的として着工。当初は上から見れば楕円形で自転車用トラックと片側メインスタンドのみ。その後後に陸上競技用に改修が施される。この大会で選手達はワレヘム池に架かる大きな橋を通ってスタジアムに入った。優勝者はリック·ファン·ステーンベルヘン:Rik van Steenbergen【1924年9月9日生-2003年5月15日没】。この選手権から遡ること三十年。初のプロ選手による自転車レース大会が1927年にドイツのニュルベルク·サーキットにて開催され優勝者には五色のレインボージャージが贈られた。
過去にコペンハーゲンで開催された大会で二度世界一に輝いたステーンベルヘンが通算三度目(市場最多)の二連覇を母国で達成した栄光のスタジアム。つまりスタジアムの名前は自転車レースのレインボージャージにある。’21年から地元エネルギーサプライヤー企業がネーミングライツを取得してエリンダス・アリーナ」と改名された。
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あの日あの時は◼️2022年3月12日ジュピラー·プロリーグ第34節ズルテ·ワレヘム対KASオイペン。
前半サイドバックのアレッサンドロ·チランニ:Alessandro Ciranni【1996年6月28日】が先制弾を放つと後半にオウンゴールで追加点。残り七分のダメ押しはイェレ·ヴォセン:Jelle Vossen【1989年3月22日生】のPK。文句なしの完勝。試合後は
チランニとヴォセンがゴール裏の櫓に上り拡声器を手にしたはしゃぎぶり。それにしてもこのヴォセンは四年が過ぎた現在もワレヘムで主将を務めているジュピラ-の顔。ヘンクとブルッヘの両クラブをあわせるとジュピラ-プロリーグで記録した得点は百四十二は、現役では最多を誇る。出場試合数は364試合は現役では第二位。ヴォセンを上回るのはクラブ·ブルッヘのハンス·ファナーケン:Hans Vanaken【1992年8月24日生】のみ。
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無失点のワレヘム門番はこの試合主将のサミー·ボス:Sammy Bossut【1985年8月11日生】。’14年のFIFAワールド杯ブラジル大会に臨んだマルク·ヴィルモッツ:Marc Robert Wilmots【1969年2月22日生】監督率いる赤い悪魔。当時ベルギー国内最高のゴールキーパーは昨シ-ズン二部のクラブで現役を退いた。ジュピラープロでの出場試合数378は’06年から、十七年間在籍したワレヘム単一での数字。国内外の強豪でプレーすることなく当時スター集団のベルギー代表選出は異色の存在だった。

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マレーシア人初のJ1リーガーは元U21ベルギー代表
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