結局、ガジエフはせっかく育った下部組織出身選手もレギュラーから外し、その上でヴァレリー時代の組織的なサッカーもぶち壊した末に辞任。ヴァレリー時代のコーチを務め、サンフレッチェユースの監督としても森崎兄弟や駒野を指導していた木村孝洋氏が“クラブ史上初の日本人監督”に就任するも、失われた半年間を巻き返すには時間が足りなかった。クラブを挙げて、「ジュビロのようなパスサッカー」を目標に育成と強化に取り組んだが、そのジュビロ磐田が第1ステージも第2ステージも制した完全優勝を成し遂げた2002年、逆にサンフレッチェはJ2に降格した。