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「王者」サンフレッチェ広島の歴史〜現場とクラブが一体となる重要性

問われる”広島スタイル”の日本人的解釈

 中国の山東魯能に引き抜かれ、ヴァレリー監督が1年で退任した2002年シーズン。後任のロシア人指揮官=ガジ・ガジエフ監督はロシア国内ではロシアリーグ最優秀監督賞を受賞するなど、ヴァレリーと同クラスの名将だった。ただ、彼はヴァレリーが植えつけた攻撃サッカーの流れをぶち壊した。攻撃サッカーというよりも、ヴァレリーがもたらしたパスワークや高い位置からのプレッシングは選手間の連携や組織力から生まれたモノだった。だが、ガジエフは個人練習に時間を費やしたため、武器であったはずの組織力がないがしろになった。監督の国籍が同じでも志向するスタイルが違う。それもそうだが、それ以上にコミュニケーション力にガジエフは欠けていた。