クロアチアを代表する麦酒銘柄と同じ中世クロアチア国王の名前を男の子につけたがるようで、この日のスタメンには両チームともトミスラヴの名前が並ぶ。ザプレシッチの主将トミスラフ·マザロビッチ:Tomislav Mazalovic【1990年6月10日生】は東端のヴィンコヴツィ出身。96年から08年まで地元のクラブHNKチバリアのユ-スアカデミ-時代にU19代表に選ばれ将来を嘱望された。トップに昇格してプロデビューから六年を経た’14年にザプレシッチへ移籍している。思い入れの深い古巣との対決。
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アウェ-のツィバリアで注目はセンターバックのズヴォニミル·ミリッチ:Zvonimir Milic【1995年2月20日】。スプリト出身で小学生年代からハイデュク·スプリトの下部組織で育成された生え抜き。’09年のU14代表から’15年のU21まで各年代で紅白の市松模様に袖をとおしトップデビューは’14年。出場機会を求めて貸し出されたチバリアでも七試合連続でベンチを温めていたが、十月のカップ戦で結果を出しこの日リ-グ戦は二試合目のスタメン。開始直後にホームチームが先制。前節ロコモティヴァ戦でもゴール決めており勝利に貢献したイヴァン·ガリッチ:Ivan Galic【1995年1月9日生まれ】が、前半アディショナルタイムにこの日2点目。アウェーチームが逆転に成功する。
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新戦力のガリッチは前年アルバニアのKSフラムルタリ·ヴロラ、その前は、北マケドニア·スコピエのFKラボトニツキとかなり稀有なところを渡り歩いている。サイドが替わった後半息を吹き返したザプレシチ。開始五分いきなりPK獲得で同点に追いつく。そして分岐点は十八分後、最終ラインで体を張っていたミリッチの溢れる闘志が裏目に。経験不足を露呈してしまいこの日二枚目の黄札が提示されてしまった。数的有利を掴んだザプレシッチはその二分後、マークの歪を突いたアントニオ·ボセッチ:Antonio Bosec【1997年8月28日生】がクロスボールを上げる。頭であわせたのはヴラトコ·ブラジェヴィッチ:Vlatko Blazevic【1994年10月23日生】。
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120人の観客が手に汗握る厳寒での熱戦
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HNKツィバリアの監督は失点直後、トップ下の十番を下げセンターバックをピッチに送り出したが後手を踏んだのは否めない。そのままスコアは動かず、終了のホイッスルが厳寒のスタジアムに響く。この観客数では勿体ない好勝負がピッチ上では熱く繰り広げられた師走の夜。しかしこの試合が八年を経た今も心に焼き付いているのには理由がある。
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まず印象に残ったのは試合後の光景。アウェーの敗者は長居は無用とばかり即、姿を消すのが常。しかし一部のツィバリア選手達はベンチに腰を下ろすと、頭を抱え顔を覆い動こうとしない。一人少ない状況で体力を使い果たしたのは勿論、この日降格でも決まったかのような落ち込む様には些か驚かされた。クロアチア人は愛国心が強く負けず嫌いが多いと聞くが嘘ではないのを垣間見た気がする。翌日ペットボトルのDesetkaを朝からグラスに注ぎながらスポーツ紙面に目を通す。最高点はブラジェヴィッチの7.5、個人的には決勝点をアシストした左サイドバックのトミスラヴ·ハラムステク:Tomislav Haramustek【1993年7月17日生】には+0.5の7点をつけてあげたい。
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英独伊の強豪を撃破する快進撃 ハイデュク·ユ-スはスイスの国際都市へ
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