29〗 Arena Lviv / リヴィウ

ワルシャワの次をブラティスラヴァにせざるを得ない理由

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翌朝空路にてヘルシンキ経由ワルシャワ入り。国立競技場でポーランド代表とサンマリノ代表の試合を撮影するが問題はその後、ウクライナとはいえポーランド国境までの距離は八十キロ。ワルシャャワからリヴィウまでは四百キロだから東京·大阪間よりも近く陸路の移動も充分可能。しかしリヴィウでのウクライナ対ボスニア·ヘルツェゴビナ戦は取材の候補から除外するしかない。なぜならば日本を離れて既に二週間。PCR検査の陰性証明書を取得しなければ空港でチェックインできないのだが事前に調べてもリヴィウで検査を受けられる場所の情報が見つからないキリル文字の障壁に。そこでブラティスラヴァへと移動する日程を組む。検査を受けに病院を訪ねるが、麗しい女医に「検査は午前中までなの」とやんわり断られ、ネットの予約サイトもスロヴァキア語のみ。英語翻訳が上手くできずに断念。結局国境を越えてウィーンの空港までバス往復することで取得に成功。オーストリアからスロヴァキアとハンガリーの越境ならば証明書は不要だったので助かった次第。
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ウクラライナに屈強な城壁を築く新旧ドネツクのトリオ

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ボスニア·ヘルツェゴビナ戦は3-4-3のフォーメーション。写真は左六番が守備的中盤を担うタラス·ステパネンコ:Taras Stepanenko【1989年8月8日生】と右がセンターバックのセルゲイ·クリフツォフ:Sergiy Kryvtsov【1991年3月15日生】。当時三十歳を過ぎたベテラン二人はシャフタール·ドネツクの所属。その前FCメタルルフ·ザポリージャでも同僚二人をセットでシャフタールが獲得したのは2010年。仲良しっぷりに納得。更にユースからの生え抜きミコラ·マトヴィエンコ:Mykola Matvienko【1996年5月2日生】が’15年にデビュー。現在代表とクラブ両方で主将を務めるシャフタール·ドネツクの生え抜き。FCカルパティ·リヴィウに貸し出されもしたが’17年に古巣に復帰し今季のCLでも健在ぶりを示した。
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