18〗Stadion Kranjčevićeva / ザグレブ

あの日あの時は■2018年11月12日ロコモティヴァ·ザグレブ対ディナモ·ザグレブ 日曜のナイトゲームで行われたザグレブ·ダービー。観衆三千二百四十人。十勝三分け無敗で勝ち点三十三と独走するディナモ。これを五ポイント差で追うロコモティヴァが初黒星をつければ二ポイント差に縮まる。逆にディナモが勝利するとリーグ戦優勝争いへの興味が薄れて少ない観客数が更に減ってしまう。これは避けたい序盤の天王山。
◇◇◇◇◇


◆◆◆◆◆

注目はディナモの左サイドバック、マリオ·ムサ:Mario Musa【1990年7月6日生】。ザグレブ出身で十六歳からディナモのユースアカデミーに。09年にロコモティヴァに貸し出されトップデビュー。レンタル延長が続き完全移籍は’13年。その間クロアチアU21代表にも招集されている。’15年冬の移籍市場で古巣に復帰。16-17シーズンはイスラエル、デンマークと渡り歩く。一旦ディナモに戻り’17年からロコモティヴァへ。国外での武者修行ならぬムサ修行がようやく終わったのはこのシーズン。
◇◇◇◇◇

攻守の柱が四年後にはセレソンを撃破

◇◇◇◇◇

試合はセットプレーからブルーノ·ペトコヴィッチ:Bruno Petković【1994年9月16日生】が左足で決めて、後半スコアは動かずディナモが快勝。ペトコヴィッチは当時セリエAボローニャ所属でレンタル中。このシーズン終了後に招集された遅咲きのA代表デビュー。しかき’22年ブラジル戦の大一番で殊勲の同点ゴールを決めた記憶は今も鮮やか。この日クリーンシートで終えたリヴァコヴィッチとセレソン撃破の立役者二人が攻守の主役に。ムサもフル出場で勝利に貢献した。
◇◇◇◇◇


◆◆◆◆◆

一方ホームチームに目を向けると最小失点に泣いたディフェンス陣。センターバックのアンテ·マイストロヴィッチ:Ante Majstorovic【1993年11月6日生】はRNKスプリトで若くして主将章を巻いてのプレーが目にとまり’16年にディナモへと招かれた。’19年までロコモティヴに貸し出され、結局ディナモの紺色のユニフォームを着てピッチに立つことは一度もなかったのだが。2019–20シーズンにオシエクが獲得した頃がキャリアのピーク。代表にもUEFAコンペティションにも縁が無く国内でのみプレーしている(※中国に移籍も試合出場なし)。このレベルの実力者が国内にゴロゴロいるのがクロアチア。
◇◇◇◇◇

試合後半一点を追う展開でロコモティヴァは左サイドバックを下げ九十九番長身のイヴァン·クルスタノヴィッチ:Ivan Krstanovic【1983年1月5日生】を投入。前線の枚数を一枚増やしたが奏功せずに終了のホイッスル。2010-11シーズンには14位のNKザグレブでスーペル·スポルトHNLの得点王を獲得。十九ゴール中、十六をクラニチェヴィチェヴァで決めている。実績を買われて移籍したディナモ·ザグレブでは’12年のUEFAチャンピオンズリーグでキエフとのディナモ対決が実現、クルスタノヴィッチがPKを決め結果はドローに。’13年からは二季連続でUEFAヨーロッパリーグに参戦したNHKリエカへと移籍。計八試合に出場しているベテランストライカ-も残念ながらこの日は不発の核弾頭に。
◇◇◇◇◇


◆◆◆◆◆