44〗Stadio Arena Garibaldi – Romeo Anconetani / ピサ


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思い出させるのは1987年9月13日のセリエA開幕戦。青黒縦縞のドゥンガと赤黒縦縞カルロ·アンチェロッティ:Carlo Ancelotti【1959年6月10日生】とのマッチアップ。後に新旧セレソン監督の対決ちなるとは。アンチェロッティは1981年にアズーリデビュ-しており、プレーヤーとしての全盛期は大会全四試合にフル出場しで四強進出に貢献した’88年のUEFA欧州選手権の頃になる。’90年のワ-ルド杯ではベンチを温めている時間が長くて記憶にない。’92年に怪我を理由に三十三歳の若さで引退を決意している。一方ドゥンガはこの年の五月A代表に初招集されているスレ違い。コバアメリカでは出番がなく代表に定着するのは90年代になってから。現役時代のアンチェロッティは闘争心むき出しでチームを引っ張るリーダータイプ。スピードや身体能力で劣るものの、勤勉で粘り強い性格が守備面では活かされておりボール奪取率は抜群。攻撃面では視野の広さとエリア外からの正確なシュートが持ち味。
日本でそのプレーが披露されたのは89年のトヨタカップ=ナシオナル·メデジン戦の一度きり。本来は八番を背負うプレーヤーだったろうに、そこにはフランク·ライカールト:Frank Rijkaard【1962年9月30日】がいたから十番アンチェロッティは一列高い位置に構えた。TV観戦ではあるがリアルタイムでのプレーを視聴したのは最初で最後だったか。 結局“生”でそのプレーを見る機会はなくジュビロ磐田時代のドゥンガのプレーを見るとアンチェロッティの姿が重なった。そのドゥンガが去ると二部降格してしまった斜塔の街のクラブはカルチョの世界で斜陽の時を過ごす。現指揮官のインザーギはアンチェロッティ·チルドレンの中から二人目のピサ監督。ジェンナーロ·ガットゥーゾ:Gennaro Gattuso【1978年1月9日生】が三部降格したクラブで昇格のミッションを請け負ったのは2015年。