Foot ball Drunker 〔129〕visiting『Stade Le Canonnier』ムスクロン/ ベルギー

コロナ禍で称賛されたお辞儀 挨拶ではなくパフォーマンス

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仕事柄多くのフットボーラーと握手する機会に恵まれている。筆者が旅行代理店に勤務した時初対面の上司と握手したのをよく覚えている。外国人と頻繁に接する業種ならではと感じた。三十年以上が過ぎた現在も日本でも握手が一般に普及しているとは言い難い。芸能人やスポーツ選手など著名人のサイン会や握手会。後は選挙前に街頭での政治家先生のパフォーマンスぐらいではなかろうか。

日本のお辞儀を欧州で流行らせたのは長友佑都:Yuto Nagatomo【1986年9月12日生】。2011年3月セリエA初ゴールを挙げて披露した“お辞儀パフォーマンス”が慣例となる。
日本人が遂やってしまうのがお辞儀をしながらの握手と両手の握手。これは本来欧州ではNGなのだが、日本流独自のパフォーマンスと笑ってくれる方も増えた。


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第129話はスタッド·ル·カノンニエ。このスタジアムを本拠地とするロイヤル·エクセル·ムスクロンは2022年に解散している。


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2015年4月、FIFAは第三者による所有権の禁止を発表、クラブや選手が第三者の投資家と経済的権利協定の締結することを禁じた。当時UEFA会長のミシェル·プラティニ:Michel Platini【1955年6月21日生】は「現代の奴隷制度」と辛辣に批判しておりUEFAのキャンペーンを受けて5月に発効された。
TPOでは選手を所有するクラブではなく、投資ファンドに所有権があるから、何時でも好きなように選手を売却できる。この慣行を問題視したFIFAに対して執行差し止めを求める訴訟を起こしたのが、マルタに本拠を置くドイェン·スポーツ·インベストメント基金(2011年設立)とベルギー二部クラブのセライン·ユナイテッドの弁護士団。ブリュッセルの地方裁判所は、この禁止措置が欧州連合の競争法に違反するという法的主張を却下する判決を下して取敢えずFIFAの勝利然。但しこの規則抜け道が無いわけでもない。


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2011年11月LOSCとのパートナーシップ提携により選手の補強やトレーニング施設の利用など恩恵に授かってベルギー1部へと復帰したムスクロンもこの提携が終了した途端、経済的に窮地に立たされる。そこへスーパーエージェントとして名を馳せるピニ·ザハヴィ:Pini Zahavi【1943年8月24日生】氏登場。救済に乗り出したのは2015年の夏。マルタのゴル·フットボールリミテッドファンドを通じて、三年間でコミットされた投資総額は850万ユーロ。

クラブを買収すれば選手を自分のクラブに移籍させ、その後レンタルさせれば選手に対する支配は維持できる。TPO禁止発令から四ヵ月後、ザハヴィ氏はムスクロンの株式90%を取得した。そしてムスクロンは、キプロスのクラブ、アポロン·リマソルからゴースト選手の受け皿に。
そこでFIFAは「代理人がクラブチームを所有するのはあかん!」と宣告。すると2017年ザハヴィ氏は自分の所有する株式を甥っ子が経営する別のマルタの会社に売却した。金額はジュピラービールの小瓶なら五本は買える10ユーロ。


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結局2015年から2020年にかけて詐欺·マネーロンダリングの罪でブリュッセルの捜査判事よって起訴されるのだが、2018年にクラブ株式の90%を保有し経営権を受け継いだのは長年に渡り、ザハヴィ氏と協働してきたタイの実業家パイロイ·ピェンポンサント:Pairoj Piempongsant【1967年10月8日生】氏。