42〗Stade Auguste-Delaune / ランス

そこで本題のランス。マルヌ県最大の都市で人口は十八万規模とそこそこ都会。何といってもパリ東駅発のTGV自分の座席を見つけ腰を降ろし落ち着けたかなと思った途端速度が緩む。百三十キロ程度の距離は五十七分で到着。パリに宿を手配しナイトゲ-ム観戦のスケジュ-ルを組むのも充分に可能。かなりの数の日本人ファンがこのスタジアムを訪れているのではないだろうか。ランス駅の駅舎は1858年の開業。二十世紀の遺産に指定されるだけあって見事な建築装飾。但し水色のペンギンは意味不明。黄色に塗られた部分はないのでウクライナへのエールではないのか。
トラムの停車場はガル·サントル=中央駅前と表示されているから別の駅ができてこの呼び名が定着したのだろう。カバー写真のチケット(カード)を購入した。ところが10分待ってもトラム乗り場に人の気配がない。通りがかった男性が「待っても来ないよ」と親切に声をかけてくれたが来ない理由は不明。ならば歩くまで。
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古豪なる言葉はランスのためにある

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仏レキップ紙の発案により創設されたUEFAチャンピオンズカップの決勝が現在PSGの本拠地パルク·デ·プランスで開催されたのは1956年6月13日。今回のPSG戴冠は当時を知る方には感慨深いものがあると思われるが既に棺桶の中か。優勝杯を掲げたのはスペイン王者レアル·マドリー。対戦したフランス王者はもちろんパリ·サンジェルマンではない。レイモン·コパ:Raymond Kopaszewski【1931年10月13日-2017年3月3日生】が攻撃のタクトを振るったスタッド·ランス。
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スタジアムの正面には偉大なる故人を偲ぶ銅像。そのレアルに見初められ三シ-ズンをマドリッドで過ごしたものの’59年に復帰。計十三シ-ズンをランスでプレーすると四度の国内制覇と二部降格/昇格を経験している。当時から浮き沈みの激しいクラブだったということか。ちなみにコパが所属した三シ-ズンと退団した1959-60まで、伝説の欧州五連覇を達成したのが白い巨人。一方’69年にパリFCが誕生するまで、フランスは欧州主要国の中で唯一、首都にビッグクラブがない珍しい国だった。遅れて発足したパリ·サンジェルマンFCは、アマチュアの三部からスタ-トだった。2019-20シーズンは新型コロナウイルス感染拡大を理由に二十八節で打ち切りとなったリーグアン。結果と1ポイントの僅差ながらリヨン、モナコ、モンペリエを上回ったランスが六位。2020–21UEFAヨーロッパリーグ予選出場権を獲得した。欧州カップ戦は筆者も生まれていない’63年以来となる快挙。
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