76〗Olympic Stadium / ヘルシンキ


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カバ-写真のマッチデ-プログラムも表紙にはプッキの姿。ブダペストでのUEFAネ-ションズリ-グを撮影した。
三月のリ-グカップ決勝戦はPK戦でタイトルを逃したHJK。この日プッキの二ゴ-ルをアシストしたのが左ウイングのサンテリ·ホスティカ:Santeri Hostikka【1997年9月30日生】。自身も豪快な長距離砲を放ち1G2Aを記録している。上写真はポ-ランドのポゴニ·シュチェチンでのプレ-を’19年に撮影した。この日のホスティカの出来は悪くなかったと思うが、あまり記憶にない。

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この日驚かされたのはレギア·ワルシャワの五十三番。強烈なインパクトにかき消された。セバスティアン·シマンスキ:Sebastian Szymański【1999年5月10日生】は、二十歳になっていただろうか。パワ-ファイタ-が顔を並べる同国では異彩を放つテクニック系。次見る時は五大リ-グだろうと思ったが予想は外れ’21年モスクワで水色のウェア姿をフレ-ムに収めた。その後2022-23シーズンのフェイエノールトへの期限付き移籍で国内制覇に貢献。現在はフェネルバフチェと中堅国の強豪が続く。ヘルシンキのフィンランド戦も十番を背負ってフル出場しており、年内にはA代表のキャップ数は五十に到達するだろう。二十六歳の現在がキャリアのピ-クを迎え、来年の北中米行きの切符を手にするには彼の左足が不可欠。

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フィンランドから集いしメジャ-リ-ガ-達

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そのアメリカ、サッカー版メジャーリーグへとコンスタントに選手を供給するフィンランド。マッティ·ペルトラ:Matti Peltola【2002年7月3日生】がDCユナイテッド、期限付きながらオンニ·ヴァラカリ:Onni Valakari【1999年8月18日生】がサンディエゴに在籍している。十九世紀末から二十世紀初頭にかけて、多くのスウェーデン人とフィンランド人がミネソタ州に移り住んでいる話はまた別の機会にする。日本と同じくフィンランドもアメリカも春秋制でリーグを開催しているが、ヴェイッカウスリーガからMLSへの移籍はあまり見当たらないから米国で多くのフィンランド人がプレ-する理由には該当しない。
あえて牽強付会するならば英語力か。ヘルシンキの標識や案内表示ではフィンランド語とスウェーデン語だけでなく、英語表記が兎に角目に飛び込んできた。最近の欧州圏の大都市の若者ならば英語を話せて当たり前。しかしご高齢者に声をかければ無視されるのだが、この国では流暢な英語でみなさん応じてくれた。

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eスポーツの世界で飯を食べている息子が主催者から招待されるのは’22年のフィンランドのヘルシンキ開催以来三年ぶり。クラッシュ·オブ·クランは同国の企業が開発している。何も知らなかったのでその足跡を調べてみた。9月23日から三日間で世界各地域の代表がダブルエリミネーション方式で争う大会。五人で一チームの団体戦となる。初戦彼らのGSチームは日本勢対決で二年連続ファイナリストのQWステファニに敗れてしまう。いきなりの崖っぷちからドイツのSTRUT esports、アメリカ·ユタ州が本拠地のスペースステーションゲーミング(SSG)に連勝で三位決定戦へと駒を進めたGS。ちなみに二年前の世界王者STRUTは地元フィンランド、ドイツ、イタリア、フランスの選手で構成された多国籍軍。もう一人が韓国だから世界選抜か。韓国の施設や環境は日本を上回ると息子の話。

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eスポーツでも猛威を震うのか カナリア軍団

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SSGは全員がブラジリアン。サッカ-では王国と呼ばれ何時の時代も優勝候補。その刻まれた歴史と伝統、競技人口の多さが強さの根底と思っていたが、息子の体験によると、闘争本能と勝利への執着心の強さは遺伝子的に受け継がれたもので、戦いに向いている国民性らしい。それは判る気がする。