森保監督の言葉を借りるならば「選手に寄り添う」ことを重視した人選である。「選手を尊重して向き合う。教えてあげるではなく人として見る」このスタンスはユースの指導でも変わらない。勝負師としての一面とは別に常識人としての一面を兼ね備える二面性を優秀な指導者の条件として考えるならば、長崎日大高校卒業後十八歳でマツダ運輸に就職したサラリーマン·フットボーラー経験も見過ごせない。現JFAナショナルチームダイレクターを務めるのは山本昌邦:Masakuni Yamamoto【1958年4月4日】。ヤマハ発動機でプレーした現役時代に初来日したハンス·オフトの指導を受け天皇杯を手にするとオフトが代表監督を任された’93のドーハ最終予選では西野朗:Akira Nishino【1955年4月7日生】と共に敵国を偵察するスカウティングを担当。森保監督との繋がりはこの頃まで遡る。
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長谷部が’02年に浦和レッズで初めて指導を受けたのもハンス·オフトとビム·ヤンセンのオランダコンビだった。ユトレヒトでもプレーした藤田は引退後オランダで指導者の道を歩み昨春から磐田スポーツダイレクターと兼任してJFA技術委員の肩書でかつての盟友をサポートする。
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