2019年に開催されたアジア杯決勝。第一次森保ジャパンの初陣は決勝で地元カタール代表に敗れた。批判の嵐が吹き荒れ解任論も聞こえる中、知人に「後任に外国人ならば誰を推しますか?」と質問されたので暫しの間思考を巡らせた結果ロン·ヤンスの名前を口に出した気がする。ドルトムントを解任されアヤックス在職時の評価を下げた元市原のペーター·ボス:Peter Bosz【1963年11月21日生】も捨て難いのだが、前々月にレバークーゼンと契約済。実際ドルトムント入りの時点で日本には手が届かない、否、手を出すべきではない“高額品”である。一方ヤンスは、’17年からは現場を離れフローニンヘンのTDの職に。ガンバ大阪から移籍した堂安律:Ritsu Doan【1998年6月16日生】に対しては高く評価し移籍も本人の意思を尊重するとコメント。マンチェスターシティから貸し出された板倉滉:Kou Itakura【1997年1月27日生】にも好意的に接し歓迎してくれた。
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現役時代に教員免許を取得し、引退後はフローニンヘンのマールテンスカレッジで教職に就いたヤンス。前回述べた外国人監督の条件、①フットボール以外の業種での社会経験、②現場のマネージメント経験だけでなくフロント(TD職)の経験、そして③が重要で日本で最低一年以上生活した経験である。これはサッカーだけに限った話ではなく、日本人は世界の中で、いかに自分達が極めて特殊な存在であるか認識と自覚が薄い。皮膚や眼の色が違っても同じ人間だから解り合えるだろうなどと思ったら大間違い。日本という国家、日本国民はかなり変わっているから観光客程度の来日経験しかない外国人を代表監督に据えるべきではない。
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ヤンスがJSLのマツダに入団したのは1987年。プロ化の波が押し寄せる中、日産が元セレソン主将を招き入れるなど助っ人は珈琲豆とサンバの国からが主流。そこにハンス·オフト:Hans Ooft【1947年6月27日生】が母国からストライカーを呼び寄せたから其れなりには脚光を浴びている。’87年の自分を振り返ると二十二歳でツアコンやら複数のバイトを掛け持ちしていたからFromA初代編集長が命名したフリーターそのもの。旅行業務取扱主任者(※現在は総合旅行業務取扱管理者)の資格は取りたいとは思っていたが勤勉とはかけ離れた毎日を過ごしていたからオランダの都市名を問われてもアムステルダムとロッテルダムの次が出てこない。ズヴォレ出身PECズヴォレでプロデビューしたヤンスの経歴に、濁点が続く語感の悪さから勝手にど田舎の町を想像していた。
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