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歴代代表監督を振り返り、今後の日本代表を考える!!

 しかし、日本人が知識として持っていながら形にできなかったモノを、クラマーと同じくオフトも基本を見直すという論理的な視点から着手する事で個人戦術からグループ戦術へとスムーズに派生。当時の代表選手は一同に「パスが回り始めた。パスサッカーしてるよ、俺達」となり、そこから「スリーライン」や「コンパクト」といった基本的なチーム戦術を体得する事で、そのまま1992年のダイナスティカップ(現・東アジアカップ)や、同年のアジアカップで共に初優勝。日本代表にとっての初めての公式国際大会初タイトルを獲得しました。翌年の”ドーハの悲劇”があったものの、W杯と無縁だった国が最終戦のロスタイムまでW杯出場権を持っていた事も「成果」と言えば、そうでしょう。