43〗Estadio Vicente Calderón / マドリ-ド

 

ウィーンで知ったマドリードからの朗報

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あの日あの時は■2013年12月11日UEFAチャンピオンズリーグ グループリーグ最終節アトレティコ·マドリー対FCポルト。前半再三の好機を逃しきわめつけは、ジョズエ:Josue Pesqueira【1990年9月17日生】のPK失敗。ラウル·ガルシア:Raul Garcia【1986年7月11日生】とジエゴ·コスタ:Diego Costa【1988年10月7日生】の得点で2-0の快勝。当時スマホを持っていないから、宿に戻るり備え付けのPC画面で結果を知った時は驚き桃の木急ブレーキ。
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この日エルンスト·ハッペルでゼニト·サンクトペテルブルクとアウストリア·ウィーンの試合を観戦。筆者はアエロフロートソ連航空の代理店に勤務し初めて訪問した有名美術館はルーヴルでもメットでもなくエルミタージュ美術館だったからゼニト側のゴール裏に陣取るのにも抵抗はない。当時のゼニトの指揮官がルチアーノ·スパレッティ:Luciano Spalletti【1959年3月7日生】だったのもゼニト贔屓の理由だった。然し、まさかの逆転負けだったから決勝トーナメント進出は絶望と決めつけていた。というのもアトレティコは負け無しで余裕の予選突破確定済み。ポルトに敗れても首位通過は決まっているのだから完全な消化試合。ポルトとのモチベーションの差は天と地ほどの開きがある。
それでもビセンテ·カルデロンに集った二万五千人の前で気の抜けた試合は見せられない。熱血漢シメオネはほぼベストのスタメンを組んでこの試合に臨んでいる。前月スペイン代表への招集がブラジルでは騒動にもなったジエゴ·コスタも含めるとスペイン人が八人。ブラジル人が二人で唯一のラテン言語圏外がベルギー人のトビー·アルデルヴェイレルトtoby Alderweireld【1989年3月2日生】だけ。ボスマン判決以前のチームを想起させるのに対して、前線のBBCにドイツ人とクロアチア人の中盤は白い巨人。この年リスボンでの決勝で当たる両クラブのコントラストが絶妙だった。そんな情熱の国の首都に相応しく激情的かつ自由奔放な振る舞いで強く印象に残っているのがこの異邦人。
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トルコ代表の英雄、百試合出場のアルダ·トゥラン:Arda Turan【1987年1月30日生】。この大会でも初戦のゼニト戦と敵地でのポルト戦で得点を決めて存在感を発揮している。このポルトとの最終戦は後半からの途中出場。16年にバルサへと移籍してはみたもののトゥランには赤白縦縞の背番号十のウェアのほうがが遥かに似合っていた。
引退後は指導者の道を歩んでおり、現在はシャフタール·ドネツクを指揮しているから怖い物知らずを地で行くこの人らしい選択ではある。
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