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「王者」サンフレッチェ広島の歴史〜曲がり角に現れた”絶対エース”と”広島サッカーの父”

 プロ入り後は出場機会に恵まれていなかったが、2003年に加入したべガルダ仙台でチャンスを掴み、2003年にJ1で9ゴール、2004年にJ2で20ゴールを積み上げていたFW佐藤寿人だ。久保竜彦がJ2降格により、「広島の希望を吞む事」を条件に、満額の移籍金2憶5000万円を残してチームを去って以来、初めて現れた本格派ストライカーだった。佐藤が移籍初年度にJ1で日本人最多の18ゴールを記録し、2005年は一時は優勝争いに絡む7位で終えた。J2時代から下部組織出身の若手選手を軸にしたチーム作りに、佐藤のようなピンポイントで弱点を強化する、文字通りの“補強”が形になって来ていた。そして、これは現在も継続されている編成の上手さと言える。