59〗Anfield / リヴァプール

アンフィ-ルドが涙色に染まった日

◇◇◇◇◇

前話はホセ·アントニオ·レジェス:José Antonio Reyes【1983年9月1日生-2019年6月1日没】の悲劇で幕を閉じた。’19年の交通事故死から六年。今夏ディオゴ·ジョッタ:Deogo Jota【1996年12月4日生-2025年7月3日没】兄弟での痛ましいご逝去の報が世界を駆け巡った。日本のメディアでも大きく取り上げていると友人からメールが届いた。間もなく二か月になるが黙祷を捧げ献杯のビールを紙面に添える。既に三人の子供はいるが、結婚式を挙げて僅か十一日後、天国から地獄への急転直下はあまりにも残された家族にとって残酷。傍にいたとしてもかける言葉が見つからないだろう。
ドイツ語の見出し。この時はドイツではなくUEFA女子選手権開幕でスイスに滞在していたのをフェルトシュレッシェンの缶が思い出させる。
◇◇◇◇◇


◆◆◆◆◆

第59話はスタジアム周辺に追悼の意を表す花輪やメッセージで悲しく華やいだアンフィールド。あの日あの時は■2024年12月24日プレミアリーグプレミアリーグ第16節リヴァプールFC対フラムFC

前半17分、ハリー·ウルソン:Harry Wilson【1997年3月22日生】へのファールで一発レッドカ-ドを掲げた主審。一点リ-ドされているのに数的不利の危機的状況に陥る。後半開始直後コーディ·ガクポ:Cody Gakpo【1999年5月7日生】が頭での同点弾。更に八分後そのガクポとマッチアップするフラムの右サイドバック、ケニー·テテ:Kenny Tete【1995年10月9日生】の負傷退場もあって、続けて三枚のカードを切ったフラムのポルトガル人指揮官。すると残り二十分でリヴァプールのオランダ人監督も動く。しかし均衡を破ったのはフラム。すると三分後アルネ・スロット:Arne Slot【1978年9月17日生】は再び二枚替え。この采配はズバリ的中、時計の針が残り四分を指したところでジョッタの右足が火を噴いた。十月に負傷で戦線離脱。その復帰戦でこの大仕事を成し遂げ、数的不要の状況が続く中で勝ちに等しいドローで1ポイントを手繰り寄せたのが今は亡きポルトガル人ストライカーだった。
◇◇◇◇◇


◆◆◆◆◆

試合後の投票で決まるカールズバーグ·プレイヤー·オブ·ザ·マッチに選ばれたのはライアン·グラフェンベルフ:Ryan Gravenberch【2002年5月16日生】。文句のないところではあるが、ヘソ曲がりの自分としては影の功労者、二人分の汗を流したソボスライ·ドミニク【Szoboszlai Dominik:2000年10月25日生】に一票を投じたい。
◇◇◇◇◇

コ-ディとライアンが出逢った八年前の秋

◇◇◇◇◇