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マンチェスター・シティーvsトッテナム 勇気ある主審

PKが4つも出る試合だと聞けば、たいてい試合が荒れていて、場合によっては見るに耐えない場合と考えるのが普通であろう。
その理由として審判がコントロールを失って、その状況を打開する手段としてのPKが多用されるからだ。

またPKは試合の結果に決定的な影響を及ぼすから、例えばAのチームにPKが与えらたら、その後の時間はかなりの確率でBチームにPKが与えられる。

その目的は、制裁のバランスをとり、主審の主観的な要素を一見排除していると客観主義のアピールため、
あるいは両チームを平等に扱おうとする形式的な平等主義のため、
リーグやクラブとの関係悪化を恐れる防衛本能の協調主義などのようなもので、
あるプレーがPKに値するかどうかどうかという本質から大き外れた実にしらけた雰囲気になる状況である。

そのことは多くはファンの議論を生み、場合によっては試合後、クラブからは抗議が押し寄せ、協会からは処分がくださるかもしれない。
つまり繰り返しになるが、その多くが主審に何らかの問題が発生し、その問題を試合の中で何とか解決をはかるということだ。
ただしこのことは審判の技術的、性格的問題が大きく絡むこともあり、下手をすると人格攻撃になりかねない。
しかし審判が選手などの圧力に負けること無く、正しいと思った判断を示せなくなったら、もはやそれはスポーツでも何でも無く、フェアプレー精神に基づいた真剣勝負を期待できないただの興業になってしまう。
そうなればサッカーの死だ。

一方で選手もシミュレーションという不当手段をつかってPKを得ようとすることも、残念ながら多く見られる。この「審判を欺く行為」は暴力行為や、差別的行為とおなじく忌むべき行為としてレッドカードなど厳しく罰せられる。

以上、「通常」の状況を説明してきたが、実際の試合に話を移すと、4本のPKが発生したにもかかわらず、試合は特に混乱もなく終了した。
その後も特に議論も起こらなかった。
なぜなら判定そのものはいずれも適切で、上に述べたような主審の混乱や妙な思惑など感じさせるようなものはなかったからだ。
つまり選手がPKを手段として使ったわけで、責められるべきは実に選手である。とくにシティに3つも与えたスパーズの選手たちは実に情けない。
ポチェッティーノ監督はテレビのインタビューで、

About the Author:

しゅうたろう
住所:東京都  年齢:40代  趣味:サッカー以外としては、文芸評論と写真撮影が趣味。世界のビールを飲むのが楽しみ。 サッカー歴:サッカーをより濃く関わるようになったのは、ドリームキャストという当時SEGAが発売していたゲーム機でサカつくを購入したこと。このゲームはウイイレと違って、選手を操作するのではなく、監督として戦術と戦略を練るとともに、オーナーとして経営をこなさなければならない。このゲームを攻略するべく一念発起してサッカーを勉強することを決意、そのためスカパーに契約して中田がセリエAを参加するようになったころからテレビ観戦を続ける。結局それが今に至る。 国内チームは地元のFC東京を応援、SOCIOとして味スタのゴール裏でビールを飲む。ただしホームよりアウエイでスタジアムグルメを頬張るのが何よりも楽しみ。

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