テキストテキストテキスト

テキストテキストテキストテキストテキストテキストテキストテキストテキストテキストテキストテキストテキスト

その他コラムのカテゴリーです。

7 04, 2018

文武両道でJリーガーも輩出! 國學院久我山高校サッカー部の魅力

By | 2018-04-14T13:19:44+00:00 4月 7th, 2018|Categories: コラム, その他コラム|0 Comments

第94回全国高校サッカー選手権決勝
・「文武両道」ながら、プロサッカー選手も多数輩出
・強豪校ながら「練習環境」に恵まれているわけではない
・中学年代からの育成と狭いグラウンドでの練習が生む効果
・高校サッカー部ながら「AOKI」とスポンサー契約!

13 02, 2018

女子サッカーの監督は「指揮官」ではなく、「指導者」であるべき!?

By | 2018-02-19T21:06:41+00:00 2月 13th, 2018|Categories: その他コラム, なでしこジャパンコラム, なでしこリーグコラム|Tags: , , , , , |0 Comments

・バニーズ京都・千本監督「僕は何もしていません」
・監督だけが“プロ”の女子サッカー ~「ティーチング」と「コーチング」の使い分けを!
・女子サッカーは、<4-4-2>のチームばかり
・“自由”を美化してはいけない!
・女子サッカーの監督は、腕の良い「仕立屋」であるべきだ!

16 01, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【11】スタディオ・マルカントニオ・ベンテゴディ/ヴェローナ

By | 2018-02-06T11:28:51+00:00 1月 16th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, その他コラム, ひゃくぷら|0 Comments

 2010年W杯南アフリカ大会以降、2012年欧州ポーランド・ウクライナ大会、2014年W杯ブラジル大会、2016年欧州フランス大会と予選敗退の辛酸をなめてきたセルビアが国際舞台に帰ってきた。しかし功労者ムスリン監督が電撃解任。 現在中国スーパーリーグの広州富力で指揮を執る“ピクシー”ドラガンストイコヴィッチ監督も後任候補としてメディアは報じていた。 ◆◆◆◆◆  第十一景は、イタリアのヴェネト州西部ヴェローナ県の県都にあるスタディオ・マルカントニオ・ベンテゴディ。シェイクスピアの戯曲『ヴェローナの二紳士』や『ロミオとジュリエット』の舞台がこの街。 ということで花園ななせさんには、シェイクスピア作品を愛する真面目系文学少女のイメージでキエーボ・ヴェローナVSインテル戦のチケットを持ってもらった。 ◆◆◆◆◆  2015年、ポルタヌオーボ駅前からバスに乗ったが徒歩でも良かったか。ローマ帝政時に造られた円形闘技場円形=コロッセオを彷彿させる曲線のフォルム。照明鉄塔を四コーナーに建てるのではなく屋根の下に投光器設置方式を採用した日産スタジアムを見上げて、「イタリアみたいだ」と思ったのは20年前。 ◆◆◆◆◆  この試合長友佑都の活躍は日本人として喜ばしいことではあるが、筆者が注目したのは、セルビア人対決。インテルの中盤はダイヤモンド型。ズドラヴコ・クズマノヴィッチが左ハーフ。一方キエーボはの中盤はボックス型。守備的ミッドフィルダーはイバン・ラドヴァノヴィッチとアルゼンチン出身のマリア―ノ・イスコを並べている。 you tube 開きます⇒  クズマノヴィッチの父親が職を求めてスイスに移住。ベルンで生まれ育ったがA代表はセルビアを選択した。80年代のユーゴスラビアでは、セルビアが政権を掌握していため工業が盛んで富裕なスロベニアやクロアチアは多額の税金を徴収されることに不満を抱き独立の機運が高まっていた。 1990年FIFAワールドカップ・イタリア大会。12都市で激戦が繰り広げられたが、ストイコビッチは決勝トーナメント1回戦スペイン戦、35,500人の観衆の前で「これぞ世界レベル」の妙技を決めている。 「ここでキックフェイントかよッ!!」って突っ込んだDFは思ったはず。DF、GKはもちろん、見ている観客でさえ騙されたストイコビッチの見事なキックフェイント。 ◆◆◆◆◆  結局、この後スペインのフリオ・サリナス(元横浜Fマリノス)に決められ試合は延長戦へ。延長戦ではこれまたピクシーの華麗なフリーキックがネットに突き刺さり2-1で勝利。この国際映像が世界に発信された当時妖精が日本で数シーズンに渡りプレーするとは誰も思っていない。 マルカントニオ・ベンテゴディは、ストイコビッチにとって天国だったが数年後、再び彼を迎え入れた時、そこは地獄に変っていた。コソボ紛争以降は、英米がアルバニア人勢力(コソボ独立派)側を支援し、宣伝専門のエージェントがロビー活動を展開した結果、国際メディアにセルビア側に「民族浄化」「強制収容所」即ち負のイメージを植え付けることに成功した。1991-92シーズン、エラス・ヴェローナFCに移籍した際には、対戦相手は言わずもがな、観客、チームメイト、審判と全方向から悪魔のセルビア人として差別の対象に。ユーゴスラビア代表は内戦により国際大会からもはじき出された。 ◆◆◆◆◆  エラス・ヴェローナの黄色いウェアを撮影した写真を昨年掲載している⇒【長靴の国で観た異邦人たち 十の巻 コソボの守護神は斜塔の街に】。ピクシーほどではないにしろ、中盤に足元の技術が高い選手が二人いて誰かと思いきや、背番号2はユヴェントスにレンタルしていたロムロ、そして24番は17歳からインテルで育ったブラジル人、ダニエル・ベッサだった。今季一部復帰を果たしたエラスを牽引するブラジル出身の二人。ミラン相手に四日前の借りを返した12月17日の第17節。ロムロはコーナーキッカーを務め先制点を演出。

9 01, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【10】メルセデス・ベンツ・アレーナ/シュトゥットガルト

By | 2018-01-09T15:16:32+00:00 1月 9th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, その他コラム, ひゃくぷら|0 Comments

 戦後ドイツの経済の発展、工業部門の成長を牽引してきた自動車産業。バイエルン・ミュンヘンのアウディ、ヴォルフスブルグのフォルクスワーゲンなど有名メーカーがクラブチームを支援している。そしてシュツットガルトといえば高級車の代名詞メルツェデス・ベンツ。 ◆◆◆◆◆  バーデン=ヴュルテンベルク州の州都は、この国の南西地域で経済・文化・観光の拠点を担う。市内には、博物館や劇場などの文化施設や救援など歴史的建造物が点在する。お薦めは自動車系博物館とワイン醸造館。南部に位置するこの周辺はドイツでも唯一赤ブドウ栽培が可能な地域。ビールに飽きたら「ヴュルテンベルガーワイン」を味わうべし。 ◆◆◆◆◆  オーバーリーガ(5部)バーデン=ヴュルテンベルクのSGVフライブルク。メルツェス・ベンツ・アリーナのスタンドで「写真撮って」と声かけてきたのはユース世代の面々。未来のブンデスリーガーとの交流となるのかどうか。 第十景は2011年の岡崎慎司在籍以降、酒井高徳、浅野琢磨と日本人選手の活躍を一目見ようと邦人観光客が訪れたであろうシュツットガルトのメルツェス・ベンツ・アリーナ。しかし2012年1月29日ブンデス第19節のアジア対決(AFC圏内対決)に関心を持たれた方がいるとは思えない。 ◆◆◆◆◆  5万3700人の大観衆。1点ビハインドのホームチームは、後半から中盤の底クズマノビッチを下げ岡崎を投入。このシステム変更も奏功せず、残り10分2ゴールを奪われ万事休す。ここで余裕のボルシアMGは終了間際に若手豪州人プレーヤーを送り出した。 マシュー・レッキー。1991年メルボルンに生まれ。 翌シーズンは2部のフランクフルトへ、ワールドカップ・ブラジル大会、ベイラ・リオスタジアムでの銅メダリスト、オランダとの壮絶な撃ち合いで、その才能が世界へと発信された。ドリブルで翻弄されるダレー・ブリント。印象に残ったのは前半ロスタイム。ゴール前キーパーと一対一のシーン。スルーパスに反応したレッキーがブリントの胸を押してファールを取られたが、この強引さが日本人FWに足りないところでは? レッキーからの美しい放物線を描いたロングフィードを豪快にダイレクトで叩きこんだケーヒルのスーパーボレーは今大会屈指のゴールと記憶に残る。 「すっごい奴でてきたな!オーストラリア」 14-15シーズンはインゴルシュタットへ移籍。リーグ戦34試合中32試合に出場7ゴール7アシストで一部昇格に貢献。中断期間に開催された地元開催のアジアカップでは母国を栄冠に導いた。 2015-16シーズン開幕戦。アウェーでマインツを破る開幕白星。3節アウグスブルグ戦は、63分レッキーのゴールが決勝点。8節ホーム初勝利はフランクフルト戦。ちなみに長谷部誠は57分に交代している。8節終了時点で4勝2敗2分。好成績で8位を確保。昇格チームの健闘を誰が予想しただろうか。 ◆◆◆◆◆  2015年10月18日メルツェデス・ベンツアリーナ 10月半ばを過ぎると日照時間も減り、セーフティー・スチュワードのおねえさんも既に冬の装い。ファー付きのダウンジャケットに首回りにはニットのスヌードと防寒準備万端である。スヌードを巻いたゆったりコーデは可愛らしさ2倍増しと感じるのは筆者がオジサンだからかもしれない。 ◆◆◆◆◆  日本人不在のシュツットガルトは15位に低迷していた。プレス控室にもピッチサイドにも日本人の姿は見当たらない。そんな試合で注目の選手を一人あげろといわれれば豪州代表マシュー・レッキーしかいない。ここはオージーにとって忘れられない特別な場所なのだから。

2 01, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【9】ラト・フェルレーフ・スタディオン/ブレダ

By | 2018-06-02T19:24:41+00:00 1月 2nd, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, その他コラム, ひゃくぷら|0 Comments

 東京都美術館で開催されている『ゴッホ展 巡りゆく日本の夢』が間もなく終了する。  写真はラーゲ・ズワールーエ駅で撮影。ロッテルダムからベルギー、フランス方面へと列車で移動する際に通った南ホラント州と北ブラバンド州境界の街。 ゴッホ生誕の町、ズンデルトもブレダから15キロ南に下る。第九景はオランダ北ブラバント州 ブレダのラト・フェルレーフ・スタディオン(RVS)。 ◆◆◆◆◆  ブレダといえば、メントスやフリスクの製造メーカー、ペルフェティ・ファン・メレ社で知られる街の人口は17万人。記憶に新しいところでは昨年なでしこジャパンが遠征してオランダ代表に惜敗している。1996年に完成したスクエアの外壁は二色の煉瓦で覆われ、いかにもオランダの蹴球場。 ◆◆◆◆◆  2014年10月8日の訪問時宿泊したプレミア クラッセ ブレダ。駅近辺に安宿が見つからず、中央駅から5キロ程の距離にあるホテルでダブルサイズベッドを2泊予約しておいた。鬼のかく乱、体調を崩し、36時間トイレと自動販売機で飲み物を買う以外、ベッドから動かず静養したおかげで10月10日にはアムステルダムへ無事移動、オランダ代表の試合を観戦できた。この施設の二色に色分けされた煉瓦壁面とRVSの記憶が重なる。 【欧州蹴球文化探訪 第二十二の巻 ルイス・スアレスの凄さ】で2008年12月のアヤックス-NACブレダ戦にふれている。写真はアムステル・ビール缶に当日のマッチデープログラムの表紙はスレイマニ。 ◆◆◆◆◆  RVSの30年に及ぶ歴史の中で最大のビッグマッチは翌シーズンのUEFAヨーロッパリーグ・プレーオフ。08-09シーズンのUEFAチャンピオンズリーグでは準々決勝でアーセナルに敗れたがベスト8入りしているヴァレンシアの名門との対戦。(結果は1-3でヴィジャレアルの勝利) アイキャッチ画像の花園ななせさん。向かって右頁がビジャレアル戦のマッチデープログラム。ちなみに左は予選三回戦 のポロニアワルシャワとの試合。 ◆◆◆◆◆  昨季、入れ替え戦(プレーオフ)を勝ち抜き一シーズンで一部に復帰したが17位と低迷中のNACブレダ。 それでもフットボール人気は高く今季19000人収容のRVSは18000人を越える。唯一届かなかった平日(金曜)開催の第二節でも17900人。 【ハイライト動画6分13秒】  ラト・フェルレーフの悲劇とでも呼ぶべきか。昨年11月18日ブレダはアヤックスに0-8と18,000人のファンに顔向けできない大敗を喫した。(この日の入場者数は18.969。アヤクシートはおそらく1000人弱。ファン・デ・ベークはハットトリック達成。 RVSでのアヤックスのハットトリックと云えば2014年9月27日。シグトルソンが決めた試合のスコアは5-2。

21 12, 2017

少年団?クラブチーム?スクール?その選び方とは?

By | 2017-12-21T09:54:29+00:00 12月 21st, 2017|Categories: コラム, その他コラム|0 Comments

・サッカースクールのメリット、デメリット
・少年団とクラブチームの違いとメリット、デメリット

サッカー少年をお子様にもつ、お父さんお母さんに贈るエントリー!

19 12, 2017

ぷら~り 欧州蹴球場百景【7】グルデンスポーレン・スタディオン/コルトレイク

By | 2017-12-21T22:03:32+00:00 12月 19th, 2017|Categories: Soccerlture League, コラム, その他コラム, ひゃくぷら|0 Comments

 ななさせんがポテトでVサイン。フライドポテトは日本のファスト・フード店で気軽に注文しているがフリッツの本場ベルギーの各都市でも食した。 第一景、フランスのリールで食べたフリッツも美味かった気がする。気がするというのも、この日朝から慌ただしく口にしたのはカフェオレだけだったから。リール・フランダース駅から地下鉄で移動しスタジアムに到着。周りを散策するが飲食店らしきものが見当たらず。トゥルネー通り側(北側)にファスト・フード店Friterie Sensasの移動スタンドを発見し味わいながらフリッツの歴史を思い出す。16世紀スペイン・ハプスブルグ時代、南米からフランドルに持ち込まれたジャガイモを最初に揚げて食べたのは、17世紀ワロン人らしい。 ◆◆◆◆◆  リールのトゥルネー通りとは少々紛らわしい。トゥルネーはリールと国境を挟んで位置するワロン地域の都市。欧州連合(EU)の前身「ヨーロッパ経済共同体」の発足当時、フランスとベルギー、それにドイツ、イタリア、オランダ、ルクセンブルグが加わり僅か6カ国。EUが国境を超えての事業がやり易くなるように、地域協力グループに法人格を与える制度EGTCを設けている。  初のEGTC誕生は2008年1月28日。ユーロメトロポール・リール・コルトレイク・トゥルネー(ELKT)とその名前はおそろしく長い。 ここでもメトロポールの6文字。英語ならばメトロポリス、日本語表記ならば大都市圏共同体。1968年にリールメトロポールが創設され現在85自治体で構成されている。リールメトロポールは90年代からベルギー側4つの自治体連合と連携しており、リール大都市圏を包括するフレームが構築されるための下地は整っていた。フランスのリール市、ベルギーのコルトレイク市とトゥルネー市が形成するトライアングル周辺には現在147の自治体に、人口約210万人が暮らしており、今やEU最大規模の越境大都市圏なのである。 ◆◆◆◆◆  前置きが長くなったが、リールから85キロ東に国境を越えたコルトレイクが第七景。  2015年10月29日強豪アンデルレヒトを迎えてホームゲーム、プレス席最終列に腰を降ろす。コルトレイクで気になったのは最終ライン、右サイドのサミュエル ジゴ、中央2枚はブノワ・プランとルクセンブルグ代表のマクシム・シャノもナンシーの出身。4バックの三人がフランス人。負傷でベンチに退いたプランに代わり後半から出場したファビアン・ボワエ。中盤のエロアン・ロランも含めると登録されたメンバーの中で最も多いのが仏国籍だった。 写真はキックオフ前。白地に赤の十字がイングランド国旗にしか見えない。 ◆◆◆◆◆  ネーデルランド=オランダの南部フランドルは11世紀当時、イングランドから輸入した羊毛で繊細産業が発達するなど両国の関係は深い。現在のコルトレイクはリネン(亜麻)産業で知られる。14世紀初頭フランスの侵攻時、イングランドと同盟を結び対抗するも力及ばす。1300年、フランドルはフランスに併合された。しかしフランドルの都市同盟は圧政に対して武器を手に立ち上がる。1302年の7月11日、欧州戦史に名を残すコルトレイクでの「黄金の拍車の戦い」。フランス国王軍をフランドル庶民軍が撃退し独立を勝ち取る。騎士団=個の力を上回る相手に組織戦術とホームアドバンテージを活かした歴史的ジャイアントキリング。 ◆◆◆◆◆  11月14日、日本代表がベルギー代表と対戦したクラブ・ブルージュの本拠地名は「黄金の拍車の戦い」におけるフランドル庶民軍を指揮した英雄ヤン・ブレイデルに由来している。  グルデンスポーレン・スタディオンを訪れてから丸二年。10月28日のKRCゲンク戦のスタッツを眺めた。FWは9番テディ・シュバリエ、43番とえらく重い背番号をつけたジェレミー・ペルベの名前が記されているではないか。ビジャレアル時代にはリーガで二桁得点。15-16シーズンにはジュピラープロで自身二度目の得点王に輝き、記憶に新しいところでは昨季UEFAヨーロッパリーグ、ペルベの2戦連続ゴールでトッテナム・ホットスパーを下した。クラブ・ブルージュに移籍した今シーズン、レンタルされてコルトレイクでプレーをしていたとは。このフランス人ツートップに加え、マルセイユ・ユース出身のラリー・アズニ、最終ラインにはリュカ・ルジョーと、顔ぶれは変わってもフランス人がベルギー人を上回っていたKVコルトレイク。  1667年フランスが侵攻、フランドルの都市シャルルロワ、リールが包囲され、陥落したリールやコルトレイクなど12都市がフランスに奪われる。18世紀後半ナポレオン没落後、オランダがフランスから独立。ベルギーもフランスの影響下から分離させる目的で、オランダに併合されてしまう。しかし1830年ベルギーにおいてワロン人が決起。オランダから独立を宣言。政権鎮圧に動くオランダ軍、その際ベルギーを軍事支援したのはフランスだった。

11 12, 2017

開幕から25年、Jリーグの現状と課題を考察

By | 2017-12-11T23:33:50+00:00 12月 11th, 2017|Categories: J1リーグコラム, J2リーグコラム, J3リーグコラム, コラム, その他コラム|0 Comments

・開幕して25年、観客動員数はほぼ横倍
・日本には、サッカー以外にも数多くの娯楽がある
・日本にはサッカーがまだ「文化」として根付いていない
・優秀な選手はどんどん海外へ、Jリーグにはないビッグクラブ
・選手だけでなく、スタッフの働く環境の改善も必要

23 11, 2017

【連載】サイドバックから考える現代サッカー~時代や戦術に翻弄され、求められた“ハイブリッド化”

By | 2017-11-23T16:03:45+00:00 11月 23rd, 2017|Categories: コラム, その他コラム|Tags: , , , |0 Comments

・“花形ウインガー”全盛の時代=守備の人
・ゾーンプレスの功罪が引き出した、「サイドバック自身が攻撃する時代」
・あのブラジルも採用した3バック時代で篩に掛けられたSB
・象徴的なマンU・バレンシアのSB化
・次回予告:細分化された多機能な現代型サイドバック

Load More Posts