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横澤 悦孝

About 横澤 悦孝

1964年生 / 東京都在住 NPO・NGOの経験を活かしてサッカルチャー・チャアマンをしてます。 本業は国際交流コンサルタント。文化催事の企画運営や講演など欧州と国内をころげまわってます。 サッカルチャーコラム連載では欧州蹴球文化探訪(全41回) 同ベルギーの光と闇(全27回)※最終話そのうちUPします。 長靴の国で観た異邦人たち(全21話) サッカルチャー・ホームタウン秘書室(2017年~ 同 日本人が知らないアーセナル 全8回含)他。 サッカルチャーやっててよかったのはバルセロナで故ヨハン・クライフに逢えたこと。世界各国の”秘書たち”とビールを飲むのもささやかな楽しみ。
12 02, 2019

続・森保ジャパンの新たな船出 ブラジルを目指す候補者達の現況

By | 2019-02-13T11:24:15+00:00 2月 12th, 2019|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

ぷら~り 欧州蹴球場百景【83】スポルトパルク・ベルフ&ボス/アぺルドールン 先月28日ウリエ・コールホフが闘病生活の末に59歳で他界した。現役時代はオランダ代表、PSVのストライカーとして活躍。2009年からFCフローニンゲンのスカウト職を務め、今季アヤックスに移籍したドゥシャン・タディッチやフィリップ・コスティッチをセルビアから発掘している。 ◆◆◆◆◆◆ 上の映像。少々長いが2月2日ヴィレムⅡとフローニンヘンの試合前には1分間の黙祷、黒が主色のアウェーユニでわかり難いが選手達は喪章を巻いてプレーをしている。今季低迷するフローニンヘンもこの日は奮起、アウェーでの勝利を故人に捧げた。板倉はベンチ入りしたが、残念ながら出番はなし。 マルタ・パン(ハンガリー) ◆◆◆◆◆◆ 第83景は生前コールホフが指揮を執ったAGOVVアペルドーレンのホーム、スポルトパルク・ベルフ&ボス。 ヘルダーラント州のアペルドールンの人口は約150,000人。・・・三年前に『欧州蹴球文化探訪 ベルギーの光と闇 第十一話 アペルドールンに交差するフットボール人生』で書いているのを思い出した。 ◆◆◆◆◆◆ ロシア大会で日本と激闘を繰り広げたベルギー代表のドリース・メルテンス、ナセル・シャドリ。かつてアヤックスのリザーブチームを指導していたファンデン·ブロムに磨かれた原石であることを書いている。 ◆◆◆◆◆◆ 通称ゴッホの森と呼ばれ愛されるオランダ最大の自然保護地区「デ・ホーヘ・フェルウェ国立公園」の入り口。クレラー・ミュラー美術館と彫刻庭園を散策すると、自然と創作の調和に心癒される。今回は世界各国の巨匠の作品を散りばめながら、話を進めることにする。 クレス・オルデンバーグ(スウェーデン) ◆◆◆◆◆◆ このクラブ出身の大物はベルギーの凸凹コンビだけではない。新任監督のコールホフの初戦は2003年8月15日。ベルフ&ボスのピッチ上にはPSVから貸し出された二人のティーンエイジャーが立っていた。 クリス・ブース(ニュージーランド) ◆◆◆◆◆◆ 一人はパウル・フェルハーフ、 2010年にフィテッセ・アーネムから当時2部のFCアウグスブルグに移籍、同じくこの年移籍してきた細貝萌と共に一部昇格に貢献。宇佐美の在籍した16-17シーズンにもキャプテンマークをつけチームを鼓舞し続けた。2013年には代表監督ファン・ハールから声が掛かりポルトガルとのテストマッチに出場。現在はヴォルフスヴルグでプレー、おそらくキャリアにピリオドを打つのも遠い先ではない。 ジャン・デビュッフェ(フランス) ◆◆◆◆◆◆ もう一人はクラウス・ヤン・フンテラール。今更説明するまでもないオランイェのストライカー。ブンデスリーガ得点王にも輝いた彼はヘルダーラント州のドレンプト出身。フェルハーフとはシャルケ時代に何度もピッチ上で火花を散らしている。 リチャード・セラ(USA) ◆◆◆◆◆◆ オランダでハイネケンに次いで第2位のビール会社がフロールシュ。MAYUさんが手にしているのは プレミアム ラガー のボトル。 1615年にヘルダーラント州のフルンローで創業しているから欧州全体でも老舗の部類。ただ大手メーカーを選ぶのに躊躇して、オランダ代表にデ・モーレン醸造所を推したのは80景に書いたとおり。2004年にエンスヘデ近郊のブークローに新たな醸造所を設立すると、FCトウェンテをスポンサード、スタジアムのネーミングライツも取得した。現在AGOVVの公式サイトをのぞくとロゴを目にする。 ◆◆◆◆◆◆ PSVからフンテラールが移籍したのはSCヘーレンフェン。2年目の2005-06シーズンは開幕からゴールを量産。ウィンターブレーク前の最終戦(18節)ではアヤックスに4-2と完勝。2点目を決めたフンテラールはそのアヤックスへと引き抜かれた。 ◆◆◆◆◆◆ あれから13年を経て2019年1月20日ウィンターブレーク明け初戦(18節)。ドゥシャン・タディッチの先制ゴールを口火に得点の奪い合い、79分途中出場のフンテラールが僅か4分で勝ち越しの4点目を決めるがロスタイムの同点ゴールでヘーレーフェンがドローに持ち込んだ。 前試合で赤紙一発退場の小林祐希は出場していなかった。左利きのプレーメーカーは、シーズン終了時には、オランダでカップ戦、プレーオフも含め合計100試合出場は達成し、移籍もあるかと思いきや、2月に入って2試合連続でベンチを温めている。 しかし森保監督には、是が非でもこのレフティをコパ・アメリカに招集してほしい。 オランダに渡ってから低い位置でのプレーを熟しており、守備面とロングフィードにおいて同じくプラチナ世代の柴崎岳よりも、ポジションの適性において優る。 一方前景でもふれた森岡亮太。シャルルロワでは2試合連続のスタメンで存在感を発揮している。 ◆◆◆◆◆◆ ベルギーでは木下康介が初出場で決勝ゴールと最高のデビュー戦を飾る。昨季所属のハムナスタッドBKはスウェーデン二部に降格しており、木下にとって欧州一部でのゴール記録は、2017年5月依頼、通算2得点目。この試合も残り10分をきった時間帯で投入されると、僅か5分後に左足で決めているのだが、試合はもう一点届かず黒星を喫した。フライブルグのU19からスタートした彼も既に24歳。かつて年代別代表で共にプレーした同学年の南野拓実には少々差をつけられたが、身長190センチの大型フォワード。大迫勇也の後任が見当たらない現在の森保ジャパンとしてはベルギーで一皮と二皮といわず、なんぼでも剝けてほしい。 既に日本代表のレギュラー級の富安、遠藤と同クラブで連携を深められるのは大きなアドヴァンテージとなる。 ◆◆◆◆◆◆ アペルドールンからヘーレンフェン、アヤックスを経由して、遂に白い巨人のユニフォームに袖を通したフンテラール。中堅国の二部リーグでだろうが、諦める必要はない。すべての道はローマだけでなく、マドリッドやロンドンにまで続くのが欧州なのだから。【八十三景了】 文/撮影:横澤悦孝 モデル:久留実《 Mayu 》

7 02, 2019

森保ジャパンの新たな船出 ブラジルを目指す候補者達の現況

By | 2019-02-07T16:24:13+00:00 2月 7th, 2019|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

ぷら~り 欧州蹴球場百景【82】ジグナル・イドゥナ・パルク / ドルトムント アジア杯が終了。日本代表の視線は既に6月に開催されるコパ・アメリカへと向いている。国際サッカー連盟(FIFA)の規定では、クラブに対して大陸別の大会にA代表選手を派遣する義務が生じるのは一年に一度。つまりこの規定を知りながら、再びアジアカップに参加した選手の招集を乞うのは些か虫がよすぎる。アジア杯出場組からブラジルのピッチに立てるのは半数に満たないと考えるのが妥当だろう。 同時期Jリーグは開催中、そうなるとアジア杯未招集の欧州組を主力に据えるのが吉。ディフェンスは西野ジャパンの昌子源(トゥールーズ)、植田直通(セークル・ブルージュ)にマンチェスター・シティ経由でオランダに渡った板倉滉。近々対戦するであろう中山雄太(PECズヴォレ)と人材は豊富。 ◆◆◆◆◆ そして攻撃の核となるのは、トルコで衝撃デビューを飾った香川真司しかいない。第82景は彼が2010年から主戦場として慣れ親しんだジグナル・イドゥナ・パルク。実際日本から多くの香川ファンがこのスタジアムを訪れている。 名勝負名場面は数多くあれど、ボルシア・ドルトムントの試合で一番記憶に残るのは、こちらの写真。ドイツ語が並ぶオーストリアで発行された紙面。 ◆◆◆◆◆ 2012-13シーズン決勝の舞台はロンドンにある聖地ニューウェンブリー。この試合はウィーン中央駅の店内でテレビ観戦した。マンチェスターユナイテッドへの移籍がなければ、日本人初のUEFAチャンピオンズリーグ・ファイナリストが誕生していただろうにと、試合展開の記憶は朧気乍ら、口惜しさだけは未だ燻る。 ◆◆◆◆◆ 同国対決で苦汁を舐めたユルゲン・クロップは昨季リヴァプールを率いて、ジョゼップ・グアルディオラのマンチェスター・シティとの同国対決を制した。翌日の紙面はハンガリー(マジャール)語だが、ビールのコースターはチェコを代表する銘柄スタロプラメン。ブダペストからプラハに移動してシャッターをきったようだが1年前に何時何処にいたのかは思い出せない。 準決勝の相手はバルサを下したASローマ。モハメド・サラーの古巣とあって彼の情報がクロップの戦略の鍵になるようなことがビルト紙面片隅に。 ◆◆◆◆◆ 独断と偏見で凝り固まった「スタジアムで飲みたい欧州ビール王決定戦」も間もなくベスト16が出揃う中、相当迷った末にミュンヘンのパウラナー、ニーダーザクセン州のイェヴァーを選出。惜しくも落選としたのが王冠のラベル。初めて飲んだのは路線こそ忘れたがルフトハンザ機内に間違いない。 ◆◆◆◆◆ ヴァルシュタイナーは、ノルドライン・ヴェストフォーレン州のビール。爽やかで飲みやすいピルスナーの代表格。カバーガールは次回から小瓶を手にしたMAYUさんに引き継がれる。 ◆◆◆◆◆ 2月4日 シント・トロイデン対オイペン。鎌田大地と豊川雄太の日本人対決は共にゴールを記録。そのベルギーからドイツに貸し出された久保裕也(ニュルンベルク)はベンチを温める時間が長く、2月5日のDFBポカール、ハンブルガーSVでも出番なし。むしろ二部ながら、この日ピッチに送り出された伊藤達哉やザンクトパウリで復調した宮市亮に注目したい。ちなみにこの試合、酒井高徳もフル出場で勝利に貢献。 二部といえば、ホルスタインキールの奥川雅也も2月3日はスタメンで81分出場。レギュラー確保に一歩近づいた。ハリルジャパンで脚光を浴びた井手口陽介(グロイター・フュルト)は右膝後十字靭帯断裂からリハビリも順調。手薄なポジションだけに可能性は充分。 ◆◆◆◆◆ ブンデスリーガ第19節ドルトムント対ハノーヴァー96。負傷が癒えた浅野琢磨は途中出場。2月1日、ライプツィヒ戦はスタメン、原口元気が戻っても今後出番は増えそうな気配。 シャルルロワに森岡亮太が貸し出されたのは個人的な朗報。来月3日には伊東純也との日本人対決を撮影する予定。負傷に泣かされた関根貴大もシント・トロイデンで再起を目指す。 昨年12月18日ブンデスリーガ第16節。首位ドルトムントがフォルタナ・デュッセルドルフに敗れる番狂わせ。2点目のゴールをアシストした宇佐美貴史を忘れてはいけない。 ◆◆◆◆◆ シーズン後半は彼らにとって代表復帰アピールの場。好調な選手がブラジルへの切符を手するのだろうが、南米とスタイルの近いポルトガルからは安西海斗や深堀隼平、小久保玲央など将来を見据えてのサプライズ招集もあり得る。 今回のアジア杯は森保ジャパンにとってあくまで通過点。それはコパ・アメリカにも当てはまる。最終ゴールは2022年カタールの地。カタール戦前半の選手任せの采配や試合後のインタビューから森保監督からは勝敗への執着が然程感じられなかった。 そのカタールの代表チームは新・大陸王者に相応しいモダンで洗練されたチームだった。彼らを褒めるなら兎も角、日本代表が批判される謂れなど無い。 ◆◆◆◆◆ かつてメッシのいないバルサと呼ばれたスペイン代表のアジア版、シャビのいないアル・サッドが今回のカタール代表。3年前『欧州蹴球文化探訪 ベルギーの光と闇 第二十話 開かれた門扉 』→にその名を記したアクラム・アフィフ(1996年11月生まれ)。 当時はストライカーのイメージだったが、現在はサイドが本職になっており日本戦でも1G2Aと活躍した。ビジャ・レアルでプレーしていた彼を母国に呼び戻すなど、欧州から若手を自国リーグに戻して代表を強化したカタール。権田修一のポルティモネンセ移籍によりスタメンすべて欧州組の日本代表が寄せ集めにしか見えない完全勝利。コパ・アメリカに今回のベストメンバーで臨むのは明らかで非常に興味深い。 ◆◆◆◆◆ カタールからイスタンブールまで3500キロ程度。実際に搭乗したローマ行きの便で5400キロ。カタールの強化政策は経済力と地理的なアドバンテージに支えられている。 (ちなみに日本からシンガポールまでが5300キロ。) ◆◆◆◆◆ 欧州でプレーするビッグネームがいないカタールを侮っていた節のある日本のファンやメディア。確かにロシア大会で成功を収めた国の大半がチャンピオンズリーガーで固められていた。 日本を代表するチャンピオンズリーガー香川真司の豊富な経験が代表にもたらす効用は計り知れない。そして欧州でプレーする日本人が世界最高峰の舞台に立つまで成長し、その数においてブラジルやアルゼンチンと肩を並べる日が来るのをただ只管待つ。 カタールのように施策の独自性を打ち出せない日本に選択肢はない。【八十二景了】 文/撮影:横澤悦孝 モデル:久留実《 Culumi / Mayu 》

31 01, 2019

ぷら~り 欧州蹴球場百景【81】セルティックパーク / グラスゴー

By | 2019-01-31T15:45:54+00:00 1月 31st, 2019|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら, 未分類|0 Comments

アジア杯も明日の決勝を残すのみ。既に欧州各国リーグが再開。来月にはUEFAコンペティションもノックラウトラウンドの激闘が始まる。ヨーロッパリーグ32クラブ中最も北に位置するセルティックパークには2500キロ南のイベリア半島からヴァレンシアFCが乗り込んでくる。 ◆◆◆◆◆◆ セルティックがスペイン勢と対戦するのは2シーズンぶり、一昨季(2016-17)シーズンのチャンピオンズリーグ・グループステージ以来なのだが頻度は結構高い。 ◆◆◆◆◆ 緑白横縞ファミリーの後ろに見えるのはミラノ・チェントラーレ。サンシーロで延長戦まで縺れ、セルティックのクラブ史の刻まれた名勝負。この少年も、今では見上げる程成長していることだろう。 ◆◆◆◆◆◆ 久留実さんには11月23日のバルセロナ戦パンフレットと一緒にウォルフリッド·ウィッシュのフライヤーを持ってもらった。創始者の修道士ウォルフレッドの慈善精神が今も同クラブには継承されており、セルティック財団のコミュニティコーチを務めるジョー·マーンズ氏は、正に象徴的存在。彼は生まれた時から腕と脊椎の脊柱側弯症がない状態で日常を過ごし、現在は子供や障がい者の指導をしている。 第81景はグラフゴーのセルティックパーク。このスタジアムの雰囲気も伝わる彼の自己紹介映像。 ◆◆◆◆◆ パンフ頁をめくると、過去のセルティック対スペインクラブの歴史が記されている。左頁には2008-09シーズンのビジャ·レアル戦。中村俊輔はH&A両試合ともスタメンで出場していた。 人口や市民1人当たりのGDPでは3番目の大都市、マンチェスターやリヴァプールよりは洗練された都会である。 ◆◆◆◆◆ エジンバラからグラスゴーまでの長距離バスも、中央駅から宿のあるアニーズランドまでの近距離列車の切符もロンドンで購入したモノと同じオレンジ色のデザイン。境界線はあっても陸続きだからこれはわかる。しかし紙幣はイングランド発行以外に、スコットランド側でも独自に三つの銀行が造幣しているからもう訳がわからない。このBANK OF SCOTLAND札など日本では何処も換金してくれないから紙屑同然。 ◆◆◆◆◆ スタジアム敷地内に到着したFCバルセロナのバスを、民族衣装を纏ってバグパイプを演奏する少年達が先導するおもてなし。 ◆◆◆◆◆ このシーズンは、1967年にリスボンライオンズがインテルを下し欧州制覇を達成してから半世紀の記念年。時計の針がキックオフから67分を指すと、携帯電話の光でスタジアムを照らす簡易イルミネーションが披露される。 昨年ポルトガルのギマライエンスでもこのパフォーマンスが行われており欧州では意外に流行しているのか。 ◆◆◆◆◆ こちらが試合のハイライト。ネイマールのふわりと上げたボールを、狭いニアに突き刺したメッシの超人シュートで先制。 ルイス・スアレスがエリア内でエミリオ・イザグイールともつれて獲得したPKもメッシが決めてバルサ完勝。 試合後は、ブレンダン·ロジャースがリヴァプール時代に寵愛したスアレスを抱きしめるシーンも見られた。 ◆◆◆◆◆ 日本でもIPAが流行しているらしくグランドキリンIPAを飲んでみた。無難な味。確かに苦みはある。 前景で推したデ・モーレンのブアー&ブラム はIPA でも筆者の知る限り最も飲み易い部類に入るが、スタジアムで飲むならペール·エールよりも更に軽いゴールデン·エールを1本蔵から出すことに。久留実さんにゴクゴクいってもらったのはハービストンの ビター アンド ツイステッド。 ◆◆◆◆◆ グラスゴーから北東に33マイルほど、エジンバラからだと北西に38マイル程度の距離に位置する街アルヴァの醸造所で1983年から生産が始まった新しい銘柄。アルコールは4.2%と軽め。 ◆◆◆◆◆ さて、前回ウルビー·エマヌエルソンに続いて今回登場したルイス・スアレスもアヤックス時代同じ釜の飯を食った仲。同時期には、現在豪·シドニーFCでプレーするシーム·デ・ヨング、カナダのトロントFCのグレゴリー·ヴァンデル・ヴィール、少し後の世代になるがエバートンから今季ブレーメンに移籍したダフィ·クラーセンなど、アヤックスから移籍して輝きを失った元オランダ代表はエマヌエルソンだけではない。 ◆◆◆◆◆ 選手以外でも若き名将と持て囃されフランク・デ・ブールはミラノ、ロンドンで辛酸を舐めまくった。他にもこのアムステルダムのクラブで継承されるフットボールが独特で異端かを証明するエピソードには事欠かない。 ◆◆◆◆◆ スアレスはフローニンヘンから移籍すると、アドリー・コスター、マルコ・ファン・バステン、マルティン・ヨルと監督・戦術が変わっても常にフィットして結果を出し続けた。 ◆◆◆◆◆ 咬みつきやダイビングに人種差別発言、やレ中指を立てたとかダーティーなイメージとは裏腹に、戦術理解度と適応力が高く非常にクレバーな選手。 でなければアヤックスからのオファーは来ない。これまで多くの日本人がオランダに渡っていても一人として声がかからない。 過去を振り返るならば、アヤックスで通用しそうな邦人が一人だけいる。セルティックの右サイドで攻撃のタクトを振るっていた頃の中村俊輔。 ◆◆◆◆◆ イタリア·レッジーナでの3シーズンを経て、27歳となった2005年8月にセルティックへ。現在も変わらぬ圧倒的存在感の源は、戦術理解力の高さに他ならない。 ◆◆◆◆◆ かつてスアレスも袖を通した緑白縦縞からサムライブルーのウェアに変わっても、変わらぬ輝きを放つのは戦術の理解が早いと評判の堂安律。本日欧州の移籍市場は幕を閉じ、残念ながら噂されたアヤックスへの移籍は実現しなかった。しかし近い将来彼がこの名門のユニフォームに袖を通しレギュラーポジションを確保したならば、その先、四大リーグへのステップアップと活躍は確約されたと言っても過言ではない。 【八十一景了】 文/撮影:横澤悦孝 モデル:久留実《Culumi》

23 01, 2019

ぷら~り 欧州蹴球場百景【80】スタディオン・ハルヘンヴァールト / ユトレヒト

By | 2019-01-27T18:15:23+00:00 1月 23rd, 2019|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

2018年12月23日。エールディビジはこの日17節を終了すればウィンターブレークに入る。チケットはソールドアウト、発表されたハルヘンヴァールトの公式入場者数は23,266人。 ◆◆◆◆◆◆ ウルビー·エマヌエルソンにとって2009年12月6日以来9年振りとなるスタディオン・ハルヘンヴァールトでのユトレヒトーアヤックス戦。試合前に笑顔で抱擁を交わしたラッセ·シェーネは1986年生まれの同い年。 ◆◆◆◆◆◆ ヘーレンフェーンの下部組織出身のデンマーク人はオランダに移り住んで16年。デ・フラーフスハップでのエールディビジ·デビューは、2007年8月19日開幕戦。昇格クラブ相手に1-8と容赦なく洗礼を浴びせたアヤックスの左サイドバックがエマヌエルソンだった。 下の記事は、2008年、現在はヨハン·クライフの名を冠するアムステルダムアレナ。FCユトレヒト戦に先駆け、UEFAカップハンブルガー戦で公式戦150試合出場を祝して、エマヌエルソンに銀皿が贈られた。彼のデビュー戦も2005年のUEFAカップのオセール戦だった。 しかしこの試合、前節AZルクマールに敗れているアヤックスはホームで負けに等しいドロー。(スコア1-1) ◆◆◆◆◆ 中山雄太がズヴォレに移籍し、板倉滉がマンチェスター・シティからフローニンヘンに貸し出される。ファン・ウェルメスケルケン・際は、昨季ドルトレヒトから同じく2部のSCカンブール に移籍。2018-19シーズンはカップ戦も含め全試合出場。リーグ戦19試合はフル出場を果たしている。堂安と小林の移籍の可能性は否めないが、現在オランダの邦人は人5人に。 かつてVVVに吉田麻也とカレン・ロバート、フィテッセの安田理大、フェイエノールトにレンタルされた宮市亮、そしてFCユトレヒトに高木善朗(現アルビレックス新潟)が加入して以来の日本人ブーム到来だ。 ◆◆◆◆◆ EU外のプロサッカー選手がオランダでプレーする場合、年棒を日本円で40万ユーロ以上支払う制度から日本人が免除されたのは、結局2014年から2016年までの2シーズン。オランダ移籍の件数は思いのほか伸びなかった。そして2017年から旧制度が復活。但し20歳未満は規定外とされている。 ◆◆◆◆◆◆ ユトレヒトを初めて訪問したのは2008年。見本市会場((jaarbeurs)で9月前半にアートフェア開催のポスターが記憶を呼び覚ます。中央駅から東側の旧市街、中心を旧運河(Oudegracht)が流れる。 ◆◆◆◆◆ 中央博物館やこの街の代名詞、ディック·ブルーナハウス。2017年に他界したが、当時はカフェで普通にお茶をする姿を見かけることができた。 ◆◆◆◆◆◆ 2010年にはランゲ·ニーウ通り沿いのフラットランド·ギャラリーで ルート·ファン・エンペルの作品を鑑賞した。フラットランドはアムステルダムの本店の他、ユトレヒトとパリに軒先を構える。2009年にはニューヨーク、東京、デュッセルドルフ、パリで個展を開催しており写真は来日時ギャラリー・テラ・トーキョーで撮影した。 ◆◆◆◆◆◆ 第80景はFCユトレヒトのホーム、スタディオン・ハルヘンヴァールト。 このオランダ第四の都市のクラブに声援を贈るサポーター達、約30キロほど北に位置する首都のクラブへの対抗心が殊の外激しい。 10年前は片道7.1ユーロだったが、今は値上がりしているはず。 高木善朗が在籍した2011年当時の監督はヤン・ボウタース。 88年のユーロ優勝に貢献、前年にはクライフ指揮するアヤックスでUEFAカップウィナーズを掲げてた印象が強い。しかしユトレヒトに生まれ、FCユトレヒトからアヤックスへと移籍したのは1986年。 ◆◆◆◆◆◆ 2014年からはロブ·アルフレンが監督に。胸にNISSANのロゴが入ったユニフォームを脱いだのは1991年。アルフレンもアヤックスに引き抜かれた。彼もユトレヒト出身。 アルフレンが迷走させたチームを立て直したのはテン·ハーフ。 2015年夏に就任するなり卓越した手腕を発揮、最初のシーズンは前年の二桁から5位にまで引き上げたリヌス・ミケルス・アワードを受賞。 ◆◆◆◆◆ 2016―17年のシーズンは4位でヨーロッパリーグ予選に出場権を獲得する。伝統的な4-3-3に固執せず中盤をダイヤモンドの4-4-2、5-3-2フレキシブルな陣形を駆使するが、トレーニングから他のエールディビジクラブと違うのは当然。2013年から2年間バイエルンのリザーブチームで指導していた彼のやり方は、当時トップチームを率いたグアルディオラからの影響が色濃い。 ユトレヒトでの三シーズン目2017年12月ユトレヒトサポーターを激怒させたのは契約を突如解除。マルセル・カイザー、側近のへニー・スパイケルマンと、デニス・ベルカンプの首を切って迎え入れたのは怨敵アヤックスだった。 ◆◆◆◆◆◆ ビール王決定戦のオランダ代表が「ハイネケン」では捻りが無さすぎ。日本で販売されているハイネケンはライセンス契約により取手工場で製造されている。上の戦闘機はローマで撮影した。世界のハイネケンであってオランダらしさに乏しい。 次いでメジャーなアムステルもハイネケン傘下。国内はもちろんロンドン、パリではやたら見掛ける。写真背景はロンドンの五輪スタジアム【31景】。 ◆◆◆◆◆◆ ここは同国を代表するクラフトビールのデ・モーレン醸造所を推す。日本、ブラジル、ノルウェー、スペイン、インド、カナダ、アメリカ、デンマーク、ポーランド、ベルギーに出荷されている。のインディアペールエールの栓を抜いてみた。「ブアー&ブラム」は、いたってシンプルなラベル。柑橘系の香りを堪能できるがIPAらしくホップが効いて苦みもある。アルコール度数は6.2%  ◆◆◆◆◆◆ IPAは一般的に12~14度を飲みごろとされるが…正直ぬるくて不味い。ピルスナーは7度以下で飲むのが通常だが、このIPAは最適な温度を7度とオランダ語で表記しているのでお薦め。久留実さんも5度~6度ぐらいに冷えた瓶を一息。グラスに注がなくても充分美味い。 ◆◆◆◆◆◆ デ・モーレン醸造所が何処にあるのかといえばボーデグラヴェン。アムステルダム、ハーグ、ロッテルダムそしてユトレヒトに囲まれた中央に位置する。一番近いユトレヒトはインターシティで20分の距離。 ◆◆◆◆◆◆ 英伊で不遇を託ったエマヌエルソン。2016-17シーズンは足首靭帯断裂と診断され、チャンピオンシップ出場は一試合のみ。傷心の帰国、再起を賭けたユトレヒトでテン·ハーフに出逢う。前述の通り、フレキシブルにフォーメーションを変える指揮官のもと、中盤の中央、左MF、左サイドバックと与えられたタスクを熟したベテランは、絶大な信頼を得て完全復活を果たす。 ◆◆◆◆◆ 2018年12月23日。17年間在籍したアヤックス、そして敵将となった恩師との再会。緑色のフィールドではいつもささやかなスパイスが、ゲームの旨味を引き立たせる。【八十景了】 文/撮影:横澤悦孝 モデル:久留実《Culumi》

17 01, 2019

ぷら~り 欧州蹴球場百景【79】BSFZアレーナ / マリア・エンツェルスドルフ

By | 2019-01-17T18:13:17+00:00 1月 17th, 2019|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら, 未分類|0 Comments

開催中のアジア杯。日本代表の9番を背負う南野拓実が24歳の誕生日を迎えた。欧州に渡ってから既に四年年の歳月が流れた。2018年11月11日、ウィーン·ゼネラリ·アレーナでのアウストリア·ウィーン対レッドブルザルツブルグ(RBZ)の試合は前半の天王山となるはずだった。ところが今季のアウストリアは中位に甘んじる不振。この試合も首位の赤牛が敵地で完勝。途中出場ながらロスタイムにゴールを決めた南野の名前が紙面から確認できる。 ◆◆◆◆◆ そして写真で短髪の背番号14クリストフ・モンシャインが何やら興奮している様子。この試合アウストリアは4-3-3の布陣。右ウィングにはマクシミリアン·サックス。1トップのモンシャインの後ろにトーマス·エブナー。 同日ラピドは、敵地でウォルフスバーガーに敗れる。スコアは3-1、トップ下のクリストフ・クナスミュルナーも残り8分でベンチに退いた。現在5位のアウストリアはまだマシ、ラピドは8位に低迷している。 ◆◆◆◆◆ 結果今季のオーストリア・ブンデスリーガは、資金力で他を圧倒するレッドブル・ザルツブルグが独走する味気ないものになってしまった。 それでも近年オーストリアの一部レベルは安定した水準が保たれている。理由として2004年から採用した同国オリジナルのテレビ放映権収益分配システムの効果が大きい。ベンチに入る外国人選手は6人以下に抑え、22歳以下のオーストリア人を多く入れると分配金が増える仕組み。 ◆◆◆◆◆ 第79景はFCアドミラ・ヴァッカー・メードリングの本拠地BSFZアレーナ。 ウィーンから南方向へ約10キロメートル行くとマリア・エンツェルスドルフ駅。スタジアムまではホームで撮影した写真に照明塔が写る程の距離。 ◆◆◆◆◆ アドミラにはウィーンの2大クラブから契約できず行き場を失った若手や出場機会に恵まれないプレーヤーが移籍してくる。そんな事情を知っていると興味深いカード。2017年4月5日、カップ戦の準々決勝は、スタンドの9割が空席(5万人規模のエルンスト・ヘッペルに5千人)でもファインダーをのぞき込むと胸は高鳴る。 ◆◆◆◆◆ ASKエブライヒスドルフからアドミラへ2015-16シーズンに移籍した無名のストライカーは14節からの四試合連続得点で不動のスタメンに定着。試合前のアップからも気合が伝わってくる。 ◆◆◆◆◆ クリストフ・クナスミュルナーはアウストリアの下部組織で育ち2008年の夏バイエルンミュンヘンのU17に移籍した。(欧州内での国外移籍が解禁は16歳)。2011-11シーズンはインテルのプリマヴェーラ、再びドイツに戻り、インゴルシュタットから2014年に母国のアドミラへ。期待が大きかっただけに寂しい凱旋となった。 ◆◆◆◆◆ しかしこの日は切れ味抜群。正直この日のプレーだけを見れば四大リーグでも通用するだろうし、代表入りしてもおかしくないのではと感じた。すると半年後 アラバ、ハルニク、サビッツァの体調不良が重なり、本当にマルセル・コラー代表監督からお声が掛かった。《前頁写真右端8番がクナスミュルナー》

11 01, 2019

ぷら~り 欧州蹴球場百景【78】ダリーマウント・パーク / ダブリン

By | 2019-01-12T17:17:00+00:00 1月 11th, 2019|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

アジアカップが開幕、決勝は月をまたいで2月1日と結構な長丁場。 約2週間後にはフジゼロックス杯が埼玉スタジアムで行われ、J球春の幕が上がる。一日早く欧州でも15日(金)に新シーズンが開幕する。アイルランドのSSEエアトリシティ·リーグは、2003年から春秋制に変更した。 全人口の3分の1はダブリンに偏っているから、プレミアリーグも10クラブ中4クラブがダブリン近郊に集結しているのには納得。 ◆◆◆◆◆ ダブリンはアイリッシュ海から流れるリファー川を挟んで発展した街。河川北岸から、反対側にはアヴィヴァスタジアム【30景】が垣間見える。中心部から10キロ程北側にあるエアポートは、2010年から第二ターミナルが稼動した。バナーは当然ナショナルカラーの緑。 ◆◆◆◆◆ 第78景はボヘミアンズの本拠地ダリーマウント・パーク。開幕戦ではフィン・ハープスFCを迎え撃つ。 アヴィヴァスタジアムまでは、旧市街の中心ダブリン城から3.5キロ。聖ステファン公園内を歩けばこの距離はさほど苦でもない。 ◆◆◆◆◆ 一方、フィブスバラにあるダリーマウント・パークまではダブリン城から北に向って3キロ程度。スタジアム北側からは隣接するフィブスボロの聖ピータース教会。 ◆◆◆◆◆ ダブリン城から西に4キロ弱。アイルランドにキリスト教を広めたセントパトリックの名を冠するアスレチックFCの本拠地リッチモンドパーク。3月17日緑の祭りは今や世界的行事に。 ◆◆◆◆◆ ここまでは歩いて頑張れる距離にあるスタジアム。シャムロック・ローヴァーズFCの試合を観戦するならばLuas(ルアス)に乗る。2004年に開通した路面電車は西南方向に向かう赤と南側に下る緑の二路線。赤の終点タラトまで行けば本拠地タラトスタジアムまで100メートル。シャムロックとはクローバーのこと。セントパトリックデーには胸に装飾する。 残るひとつはユニバーシティカレッジダブリンAFC。これは緑線の東側ベルフィールド。こちらは行ったことはなく、この先行くこともないので省略。大学と関わるのは日本だけで勘弁。 1980年代まではアイルランド代表の試合はこのスタジアムで催されており、84年ユーロ·フランス大会の予選でも使用されている。 ◆◆◆◆◆ 1983年10月12日 このスタジアムに3万5000人の入場者数など今では想像もつかない。アイルランドの国旗では緑色がローマカトリックを、オレンジ色はプロテスタント、中央に白色が入り永遠の休戦を意味するが、この日はオランダ戦、グリーンとオレンジがピッチ上で対峙した。 7分の先制点に続き、ペナルティキックで前半2-0。アイルランドサポーターの歓喜が目に浮かぶ。しかし後半が始まると若きオランイェが牙をむく。7分DFのクリアミスをルート·フリットが右足ボレー。一度はキーパーが弾き返したボールを今度は左足で突き刺し反撃の狼煙を上げる。 ◆◆◆◆◆ 12分後のコーナーキック。ニアサイドで頭をあわせたのはマルコ・ファンバステン。同点に追いつくと勢いは止まらない。7分後、ファンバステンがためを作り、右サイドを疾走するフリットにインサイドで丁寧なパス、最後はフリットが決めて劇的な逆転勝利を収める。 しかしこのグループで予選を突破したのはスペイン。 ◆◆◆◆◆ 88年ユーロ·西ドイツ大会では共に予選を突破、本大会のグループステージで対戦。アイルランドは初戦イングランドを破り、2戦目ソ連とドロー。一方オランダは初戦のソ連戦を落としてしまい2戦目のイングランドに勝利。この試合勝たなければならない状況でオランダは残り8分キーフトが決めて2位でグループBを突破した。 アイルランドがオランダに雪辱を果たすのは2001年9月の日韓共催ワールドカップ予選まで待たなければならない。 ◆◆◆◆◆ 年が明け、連日の新年挨拶回り(徘徊)でぐったりしたサラリーマン時代を思い出す。 カバー写真は、新年の挨拶らしく自分の顔も晒してみた。パウラナーの瓶を手にした久留実さんの横にはマーフィーズのスタウト(黒)を持ってきた。 マーフィーズは1983年から、パウラナーは2001年からハイネケングループのブランドとして世界市場へ。 1866年からコーク市で醸造されているこの銘柄、おなじみギネスに比べて苦みはやや弱め、アルコール度数も4%と軽めなので、久留実さんに賞味してもらったのだが・・・ その結果は「スロバキアのウルピネールのほうが美味しい!」とボツ。さぞやコーク市民はショックを受けているに違いない。 ◆◆◆◆◆ 2017年6月11日ワールドカップ予選。ケヴィン・ロング、スティーブン・ウォード、ジェフ・ヘンドリックロビー・ブレイディと同一クラブから招集された四人がピッチ上に顔を揃えた。下写真は13番司令塔ヘンドリック。 ◆◆◆◆◆ この国で才能ある若者は、十代からイングランドのクラブが引き抜いてしまう為、代表クラスに国内でのプレー経験者は少ない。ボヘミアンズ·ユース出身の左サイドバック、スティーヴン・ロバート・ウォード(上写真17番)は2003年にトップチームでデビューしウルヴァーハンプトンに2006-07年移籍するまで4シーズンを自国で過ごした。 ◆◆◆◆◆ 1月5日のFAカップにはバーンズリーを破ったバーンリー。ヘンドリック、ケビン·ロング、そしてウォードも揃って出場。格下相手に薄氷の勝利。ロング(上写真18番)はコーク出身。コークFCで2009シーズンにプレーをしている。 ◆◆◆◆◆ 試合前、本場のアイリッシュパブでは両国サポーターが冷えたビールで友好を温めていたので撮影した。 この写真目を凝らしていただくとわかるが左赤サポーターはギネスのスタウトを飲んでいるが、地元の緑組が手にしたグラスは黄金色。 ◆◆◆◆◆ 軟水の日本やチェコはラガーづくりに向いているが、ダブリンはスタウント醸造に適した硬水。しかしギネスの強い苦みをアイルランド人が皆好むわけではなく、実際に見たところ若者や女性にはラガーのファンも増えている。それでは、「スタジアムで飲みたいビール」のアイルランド代表銘柄に何を推すべきか。 ◆◆◆◆◆ 結局この国はギネス社。但し同社が生産する「Hop House 13 Lager」その名のまんま、ラガーではあるが、グラスロゴの中央には、創業者であるアーサー・ギネスのサイン。アルコールは5%と平均的でこれが実に美味かった。 1978年、マーフィーズブルワリーは、オランダのハイネケンを国内で販売、ドラフトラガー市場のシェア9%を初年度で獲得する。コークの醸造所はオランダのハイネケンに買収され、現在のネーミングは「ハイネケン·アイルランド」へと変わり、1989年からはアイルランドで最も飲まれているラガービールとして定着する。 ケルトの民も1948年以降、グリーンをパッケージデザインのメインカラーとして使用するハイネケンならば、喉を潤すのもやぶさかではなかったか。【七十八景了】 文/撮影:横澤悦孝 モデル:久留実《Culumi》

5 01, 2019

ぷら~り 欧州蹴球場百景【77】スタディオ・アルベルト・ピッコ / スペツィア

By | 2019-01-06T09:40:57+00:00 1月 5th, 2019|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

前々景スペインのリーガ2部に続いて、イタリアのセリエBを地味に振り返る。レウスの経営危機にふれたが、セリエBは開幕前からバーリとチェゼーナが破産してセリエDからの再スタートを余儀なくされる。正月から景気の悪い話はこれくらいにして明るいところでは、サイ・ゴダードがデビューを飾った。 ロンドン出身トッテナムの下部組織で磨かれた彼はこれまで年代別の日本代表のユニフォームを着てプレーをしている。ベネヴェント・カルチョに今季移籍。 ◆◆◆◆◆ 11月18日、セリエB第10節(順延) 3-1でスペツィアに敗れたがサイ・ゴダードは82分より途中出場している。 第77景はこの試合が行われたスペツィアのホーム、スタディオ・アルベルト・ピッコ。 ◆◆◆◆◆ この街は、ミラノ・トリノからフィレンツェに移動する途中、小休止で下車する。試合を撮影したのは過去に一度だけ、2016年10月24日11節ASチッタデラ戦。当時スペツィアの指揮官は現ACキエーヴォ・ヴェローナ監督のドメニコ・ディ・カルロ。 ◆◆◆◆◆ チッタデラッタは変わらずロベルト・ヴェントラート。セリエc時代の2015年に就任。一年目でセリエBに昇格させると、このシーズンも開幕5連勝の好スタートで持て囃されたが8節から3連敗で首位から転落。この試合も先制しながら勝ち切れず記者の質問に応える表情もやや渋い。 ◆◆◆◆◆ フィジカル重視、テクニックのレベルに開きはあるが、戦術面ではセリエAと大差はない。 勝敗がどう転ぶかは、互いに中盤でボールを奪ってからのビルドアップやサイドチェンジの起点となるベテラン二人の捌き次第。チッタデッラはマニュエル・イオリ(1982年生まれ)、スペツィアはニコ・プルゼッティ(1984年生まれ)、プルゼッティがやや前よりなのでマッチアップする機会も多いはず。 ◆◆◆◆◆ イオリにとってディ・カルロはかつての師。彼の長いキャリアの中、唯一セリエAでプレーとなった2009-10シーズンのキエーヴォを指揮していたのがディ・カルロだった。 実際試合が始まると30歳を超えたおっさん達が意外に豊富な運動量でゲームをコントロールする。前身黄色のチッタデッラの中で青いキャプテンマークに青いスパイクの髭面がイオリ。 ◆◆◆◆◆ 一方背番号30サイドを刈り上げた独特のヘアスタイルのプルゼッティ。ファインダー越しに二人がボールを触る機会が目立つ。ちなみに二人が履いているスパイクは共にミズノ製。 ◆◆◆◆◆ この日同点ゴールを決めたプルゼッティ。2007年リボルノでセリエAデビューすると、2008年2月13日、カルロ・アンチェロッティ政権末期のミランと対戦。後半5分 プルゼッティは先制ゴールを決めたのだが、僅か6分後アンドレ・ピルロにPKを決められ追いつかれる。その後スコアは動かず試合終了のホイッスル。サンシーロにおいて自身のゴールで手にした貴重な勝ち点1は彼の長いキャリアで最高の勲章。 ◆◆◆◆◆ 2009年10月25日ホームにACミランを迎えての9節は、ミランU19出身のイオリにとって特別な試合であったに違いない。 レオナルド監督は同郷のパト、ロナウジーニョ、そしてフンテラールを起用。試合開始7分キエーヴォが先制し前半終了。後半になっても追いつけないミランは79分二人目の交代、ロナウジーニョに代えてフィリッポ・インザーギをピッチに送る。 その2分後バーに弾かれたボールをネスタが頭でねじ込んで同点に追いつく。 残り5分疲れの見えるイオリに代えて同じポジションのシモーネ・ベンティヴォッリョ。ディ・カルロにすれば引き分けで満足。一方レオナルドも最後のカードはアントニーニョからザンブロッタ。勝ち点3を狙うよりリスクを抑えた選択か。 ところが土壇場も土壇場、コーナーキックのチャンス。ネスタが頭を叩きつけたボールはキーパーの手を弾いてネットを揺らす。失意の底に叩き落とされたのはキエーヴォサポーター。 ◆◆◆◆◆ ピッコのスタジアムではプレス・ホスピタリティでピザなど軽食が振る舞われたので皿に取った。これには少々驚く。 ◆◆◆◆◆ 盛り付けが雑過ぎてひどい写真。食レポの仕事は自分には一生来ない気がする。 ◆◆◆◆◆ セリエAでも経済的に余裕のないクラブは、ミネラルウィーターさえ出ない。試合前にスタジアムの前で、豚の丸焼きバーガーをビールで腹に流しこんでいた。この味は日本人観光客にはお薦めできない。焼かれた豚が笑っている不気味な写真がこちら。 ◆◆◆◆◆ イタリアのビールは29景でモレッティ、65景でペローニ社の「ナストロ・アズーロ」を紹介しているが、ベスト16進出は、カバー写真久留実さんが手にしているDREHER。 オーストリアでフランツ・アントン・ドレハー(ボヘミア出身)が1773年に創業。ドレハー(発音はドレヘール)が現在の隣国、ハンガリーでの醸造開始は1862年。しかしそのラベルに1773の文字はない。 ◆◆◆◆◆ イタリア進出は7年後の1870年。麦芽、ホップ、前回のMAHOUと同じく副原料として、とうもろこしを使用している。 イタリアはヴェネト州北部のベッルーノで醸造されているのでアルプスの雪解け水=硬水を使用しているのが売り。 “新し物好き”が国民性の日本人と異なり、欧州では歴史を尊び、古く歴史を重ねたものの価値を重んじる傾向にある。中でもイタリア人は顕著だ。現在はハイネケン傘下にあるがイタリアのドレハーのラベルには創業年が記されているのも納得できる。 ◆◆◆◆◆ 昨シーズンはセリエCのパドバに移籍したプルゼッティは主将としてチームを牽引。今季昇格へと導く。 2018年11月3日セリエB第11節。背番号7キャプテンマークをつけたプルセッティと対峙したのは背番号4同じくキャプテンマークをつけたイオリ。試合は相譲らずスコアレスドローに終わっている。その6日後、アズーリのマンチーニ監督は、ブレシアの超新星サンドロ・トナーリを招集した。18歳の彼はセリエBでしかプレーをしていない。 ◆◆◆◆◆ 輝かしい次世代スター候補も悪くはないが、キャリアを重ねたベテランならではのいぶし銀のようなプレーに注目しなければカルチョの真髄を味わ得ない。豚の丸焼きバーガーは味わえなくても問題ない。【七十七景了】 文/撮影:横澤悦孝 モデル:久留実《Culumi》

2 01, 2019

ぷら~り 欧州蹴球場百景【76】ダクナム・スタディオン / ロケレン

By | 2019-01-10T14:07:35+00:00 1月 2nd, 2019|Categories: Soccerlture League, コラム, 未分類|0 Comments

年が明けた。暮れから久しく自宅に帰っていないが、PCに齧りついているので入稿は捗る。 クリスマス目前、欧州各国リーグがウィンターブレークに突入するなか、年末ぎりぎりまで試合を開催していたベルギーも、正月休みを経て1月第三週から再開する。 ◆◆◆◆◆◆ 平日開催の12月26日、ヤン・ブレイデル・スタディオン【46景】でセークル・ブルージュとオイペンが対戦。植田直通と豊川雄太は共に、スタメン出場。試合はオイペンが0-1勝利。一方ヴァースライズアレナ【33景】では、シントトロイデンの冨安健洋、遠藤航、鎌田大地が揃い踏み。 両スタジアムの距離は、A10号線道路で23キロ。これは味の素スタジアムから日産スタジアムまでと同距離。シントトロイデンのオーナー企業となった株式会社DMM.comは当初ロケレンと交渉したが合意に達せず。そのロケレンはDMMも胸を撫なで下ろす絶不調。順位表の一番下にようやくその名を見つける。 ◆◆◆◆◆◆ 第76景はKSCロケレンの本拠地ダクナム・スタディオン。本来ならばジュピラープロでは5強に次ぐセカンドグループの一角。この写真を撮影した2014-15シーズンはヨーロッパリーグ本戦に出場していた。欧州蹴球文化探訪 ベルギーの光と闇 第四話 遺志を受け継ぐ世代に書いたがあまり覚えていない。 正式名称はKSCロケレン・オースト=フランデレンなのだが、エンブレムに記されたとおり、スポルティング・ロケレンの名前が浸透している。 ◆◆◆◆◆◆ この街のシンボルは聖ローレンティウス教会。地元のビールはLokereire。ラベルはKSCと同じく黒と黄を用いたデザイン。 さて欧州ビール王決定戦。ベルギー代表銘柄の選出が一番難しい。この写真はウェステルローの店のカウンター。グラスにはジュピラーのロゴ。何を頼んだかは忘れたがジュピラーではなかったはず。連れはステラ アルトワを頼んだ。フラームス=ブラバント州の州都に本社を置くビール業界の元締的大企業AB Inbev社の主力商品。 ◆◆◆◆◆◆ 「スタジアムで飲んだら美味いビール」がお題目だから、ジュピラーやステラなど軽いピルスナーにするべき。実際ベルギーでも消費されているビールの7割以上はごくごく飲めるピルスナー。 右端にはデュベルのロゴも写っている。ベルジャン・スロトングエールではこのデュベルやシメイ・ブルーは国内スーパーでもよく見かける。

31 12, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【75】 エスタディオ・ムニシパル・デ・サント・ドミンゴ / アルコルコン

By | 2019-01-02T12:33:03+00:00 12月 31st, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

晦日も正月も休みはない。そもそも休みを取る習慣がない。職場を放棄して欧州を巡るのも、カメラとPCを抱えて欧州蹴球場のピッチサイドをうろつくのも、ビールを飲みながら美女を撮影するのも仕事だから、休みはいらない。 年末年始が過酷な日程で知られるプレミアリーグには、親近感を覚える。気候が温暖な南欧ラ・リーガは年末を挟み2週間ぶりとなる18節が1月4日に開催される。 ◆◆◆◆◆ 第75景はADアルコルコンがホームとして使用するエスタディオ・ムニシパル・デ・サント・ドミンゴ。 今季のリーガ二部がなかなか面白い。年内に19節を消化し首位グラナダから5位アルコルコンまで、4ポイント差の間に5チームがギュッと詰まっている。今月初旬までは首位をキープしていたのはアルコルコン。 ◆◆◆◆◆ 第45景でジローナを取り上げている。当時は指宿洋史がプレーしていたこともあり、スペインの二部にまで、それなりに知見を広めていた。 しかしここ数年は関心も薄れていたせいか、昨年5月28日40節。当時テネリフェに所属していた柴崎岳がスタメン出場した試合の映像を眺め、相手チームが「アルコン・・・コン?」。 ※動画⇒YOU TUBEへ ◆◆◆◆◆ ティロネのスルーパスに反応し、左足を鋭く振り抜き貴重な追加点を奪ったハポネス。客の入りは悪くないが5000人規模と思われるスタジアム。フィールドを囲む青地壁面に白抜きで協賛企業のロゴが並ぶ中、ゴール裏に三つ並んだ「mohou」のロゴが画面にアップされたので、マドリードの近くであることは間違いなさそう。それから一年が経過。今春サンチアゴ・ベルナベウを訪問、序でに寄ってみる。 ◆◆◆◆◆ アトーチャ駅からセルカニアス線(C-5)のモストレス・エル・ソト 行きに乗車。アルコルコン中央駅では降りず、次のラス・レタマス駅が最寄りとなる。駅から歩いて5分も経たずにエステバン・マルケス通りに面した人工芝のコートが見えてきた。 取りあえず子供達のトレーニングをスタンドの保護者に混ざって眺める。 ◆◆◆◆◆ 同クラブのU23ジャパンセレクションが千葉市内で行われたり、静岡県浜松市のサッカー・スポーツ少年団コンフィアンサとも提携しているから育成のノウハウにも優れたクラブのようだ。 ◆◆◆◆◆ スタジアムのフェンスには背番号8ルーベン・サンスの髭面を見つけた。2003-04シーズンの加入以来2016年までの13年間在籍。この夏38歳でスパイクを脱いだクラブのレジェンド。彼のキャリアのハイライトと云えば2009年10月27日。コパデルレイ4回戦のレアル・マドリード戦をおいて他にない。4-0で勝利したこの試合の観客数は7000人。アルコルコン市の人口はおよそ17万人。サント・ドミンゴの座席数は6000席程度なので明らかにキャパシティオーバーで人が溢れたはず。 ◆◆◆◆◆ アルコルコンが首位から転落した今月の試合前の珍事をマルカが伝えている。 給与未払いは三ヵ月続き経営破綻は時間の問題とされるレウスのイレブンは試合開始の笛が肩を組んだまま不動の抗議。一分間続いたこのストライキの間、アルコルコンの選手、ファン、サポーターもこれに賛同し、ボールを回し彼らがピッチに散るのを待った。 翌週にはコルドバのファン・サポーターもバナーを掲げレウスの選手達を支持している。 クラブの負債額は520万ユーロ。レウスのアベル・モウレーロ氏がこの時期に徳島ヴォルテスのコーチに就任したのは、この騒動も影響したのだろうか。 ◆◆◆◆◆ さて欧州ビール王決定戦。Mahouのシンコ・エストレージャスはベスト16に入れる実力。久留実さんにも、グラスにつがず小瓶をそのまま、ぐびぐび飲んでもらう。 特徴はコクとほのかな甘み。この甘みは麦100%ではなく、とうもろこしも使用しているからだろう。シンコ・エストレージャスは、スペイン語で五つ星の意味。 ◆◆◆◆◆ サント・ドミンゴのフェンスにもこの5つ星が記されていたから、企業名ではなく製品名のロゴ。ホップもほどよく、前景のイェヴァーの苦みと比べると久留実さんの笑顔も納得できる。第67景で牛肉の話題に触れたが、米国産に依存している日本に対し、遺伝子組み換え食品を頑なに拒む欧州では、米国産とうもろこしを原料に用いた製品はないし、スペイン人となると、とうもろこしを食べる習慣すらない。 ◆◆◆◆◆ ADAのエンブレムがプリントされたコートの女子三人組。フットサラーに名前を尋ねると左端のパウラ・ジョレンテ・サンチョ選手は今年イタリアで日本人と交流したらしい。 ◆◆◆◆◆ 実は3月29日からローマで開催された第6階ローマ・キャピタル・トーナメントにスペインから招待されたのはアルコルコン・FSFのBチーム。もう一つの海外チームが今季関東女子フットサルリーグ二連覇を達成した墨田区のフウガドールすみだレディースで、共に観光するなど親睦を深めていたのだ。 両クラブのSNSで同じ場所でのショットが公開されている。⇒ADAlcorconFSF 最前列中央にパウラさん。 ◆◆◆◆◆ 結果は3月29日初戦で地元FB5ローマに5対0の圧勝。2日目のフウガドールとの好ゲームを6-4のスコアで制すると、最終戦ではラツィオにも3-1、全勝で大会制覇したが、参戦したのは二部リーグが主戦場のBチーム。 一方一部を戦うAチームは、12月に入って四連敗。順位も10位と泥沼から足が抜け出せないまま前期を終了した。昨年5月ロシアでの国際親善トーナメントを戦う代表チームに6選手を送り出すほどの強豪は、後半巻き返しなるか。 ◆◆◆◆◆ スペインはフットサルでも世界のトップレベル。アルコルコンの西隣モストレスのクラブには日本代表主将を務めた中島詩織が在籍する他、数名の日本人がプレー中。 そもそもADアルコルコンの女子フットサル部門は、欧州で屈指の規模を誇る。FIFAが呼称やルールを整理し「フットサル」の歴史は1994年にスタートした。アルコルコンFSFも1995年発足と歴史は浅いが、市教育省と連携して小学生(年齢5歳)以上の競技人口を増やした結果2016年には、+150人以上、約2倍の女子選手が同クラブの指導を受けているので、フィールドサッカーよりも、フットサル人口が多いといわれるスペインでもこの地域は出色している。 ◆◆◆◆◆ ロス・カントス市営スポーツセンターのキャパは1700人。マドリッド共同体とアルコルコン市議会からの公的資金は、運営費全体の約2割程度。協賛はドミノピザ、コカ・コーラなどの大手企業の他にアルコルコンとモストレスの間にあるホテル・スパのラ・プリンセサなど。 不動産仲介のハウス&クレジット社のロゴが入ったユニフォームには瞠目した。今秋福岡RAFAから鍬田一雅と契約し公開された写真でも、のっぺらぼうで少々寂しい。 カナリア色のユニフォームに袖を通す女子フットサラーの誕生は、遠い未来ではない気がする。【七十五景了】 文/撮影:横澤悦孝 モデル:久留実《Culumi》

25 12, 2018

ぷら~り 欧州蹴球場百景【74】ルドルフ・ハルビッヒ・シュタディオン / ドレスデン

By | 2018-12-29T00:02:33+00:00 12月 25th, 2018|Categories: Soccerlture League, コラム, ひゃくぷら|0 Comments

冬の欧州など行くものではない。フットボールを観ないのに、12月の欧州を訪ねるヒトの気が知れない。 アーチ型のトレイン・シェッドが美しいドレスデン中央駅に到着。左端の時計の針は午後09時25分を指している。どうせ5時前でも真っ暗なのだから、何時についても変わりはしない。寒くて暗いのが苦手な人には辛い所だ。 ◆◆◆◆◆ しかしこの時期ドイツ語圏に行く楽しみがひとつ。それがクリスマス・マルクト(マーケット)である。下写真の横断幕でWeihnachtsmarkt auf…ヴァイナハツ・マルクトが現地での正式名称。撮影したのは10年前、初めてホットワインなる飲み物を口にしたのは古のザクセン選帝国・首都ドレスデン。 ◆◆◆◆◆ 街の至る所でマルクトの屋台を見かけたが、旧市街のアルトマルクト広場は、1434年から続くドイツ最古のマルクトになる。 ◆◆◆◆◆ アウグスト2世の騎馬像。この街とワルシャワに壮麗な宮殿を建築し、芸術品を蒐集したポーランド王の東洋磁器コレクションは欧州随一。王様のコレクションを展示する日本宮殿もある。 ◆◆◆◆◆ そんな理由で親日的なところかと思いつつエルベ川を渡ろうとするとこんな立体を発見。トビアス・ステンゲル作、葛飾北斎へのトリビュート作品か。 ◆◆◆◆◆ この街のクラブはブンデス二部のディナモ・ドレスデン。国家警察を意味する名称は、ザグレブ、キエフ、モスクワ同様、この都市が旧社会主義国家に属していた証。第74景はルドルフ・ハルビッヒ・シュタディオン。東独時代の旧スタジアムでも常時か2万人を動員していた地元での人気は今も健在。 ◆◆◆◆◆ 2009年に大規模な修繕を施した現在のスタジアムの収容数は3万2500人。平均入場者数は2年連続で2万8000人を越えている。 三部で優勝した2015-16シーズンの2万7500人は兎も角、三部を6位でフィニッシュした2014-15シーズンでさえ、2万2700人と安定した集客力を誇る。 注目すべき攻守二人のキープレーヤーが共にボスニア・ヘルテツェゴビナ(以下BH略》人。背番号11ハリス・ドゥリェヴィッチ(1993年サラエヴォ出身)。先月のオーストリア戦にも9番を背負いスタメン出場。写真ではジェコの隣で小さく見えるが身長185cm。 ◆◆◆◆◆ センターバックのダリオ・ジュミッチは、FCユトレヒトから今季レンタルで加入。ネーションズリーグには招集されていないが、昨季彼が代表初ゴールを決めたW杯予選9節は、サラエヴォでは語り草となる壮絶な点の奪い合いとなった。 ドゥリェヴィッチとジュミッチはスタメン。既に本選出場を決めていたベルギー代表ではあるがベストメンバー、手抜きの素振り無し。H組プレーオフ出場の2位争いはギリシャとBHのマッチレースである。キックオフから僅か4分でベルギー先制。しかしホームのBHは前半のうちに逆転。エンドが変わり後半はベルギーが猛攻を仕掛けまたもや逆転の映像がコチラ↓ それでも81分コーナーキック。緩やかに弧を描きスピードはなくともピンポイント。背番号4ジュミッチが頭であわせ同点。しかしドローも許されないBHは攻めるしかない。 ところが僅か2分後、ゴールを奪ったのはカラスコ。稀に見るシーソーゲームを制したのはベルギー。この試合でプレーオフ出場権=2位の座を明け渡した。 驚くべきは赤い悪魔の勝利への執念。予選突破は全組で一番乗り。最終節の勝利で9勝無敗1分。ノーガードでのど突きあいには滅法強いタイプで欧州予選最多得点も頷ける。 想えば職場でのTV観戦。2-0で日本代表がリードした直後、「ベルギーはここからシフトアップしてアクセル全開になるけど耐えられるかな」と同僚達の盛り上がりに水を差し、実際予想う通りの結末を迎える。2点をリードされても余裕があったとは思わないが、冷静な判断と諦めない闘志が大逆転に導いた。 ◆◆◆◆◆ 一大勢力を誇ったザクセン公国は1485年に北(現在のニーダーザクセン州)と南(現在の、ザクセン・アンハルト州、ザクセン州)に分裂した。 第71景でヴァイスビールのイチ押しは、バイエルン国王の結婚式でも飲まれたパウラナーと決めたので、ここではニーダーザクセン州イェヴァーで製造されているピルスナーを推す。ドレスデンにはフェルトシュレースヒェン・ピルスナー、北東にはドイツ最古のピルスナーとして知られるラーデベルガーもある。それを承知で城が描かれたこのゴールドレベルを推す理由はホップの苦み。筆者の味覚では最も苦い。 ドイツ国内では十九世紀以降、主にバイエルン州ハラタウ地方で収穫されるホップが使われているが、この北部の逸品も御多分に漏れず。久留実さんにもスッキリした苦みを味わってもらった。 ◆◆◆◆◆ フランクフルトで初めて、この金ラベル&緑の瓶に手を伸ばした理由は単純に安かったから。筆者はこのイェヴァー、そのコスパの高さも含め相当お気に入りなのだが、そもそも苦いものが大好き。 ロストフ・アリーナで日本代表が味わった苦い経験を、約半年前ディナモ・ドレスデンのBH人プレーヤー二人も既に味わっていた。 ◆◆◆◆◆ 額面だけみれば余裕で欧州予選を突破したベルギー代表より、豪州戦に勝利して切符を掴んだ日本代表のほうが、苦しみを味わい修羅場を経験しているように思えるが、現実にはスパーリングのレベルが違う。 厳しい環境での経験、そこで得た勝利(=結果)だけが自信を生み成長を促す。別にフットボールに限ったことではない。【七十四景了】 文/撮影:横澤悦孝 モデル:久留実《Culumi》

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