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名波浩監督になって変化したジュビロ磐田のサッカー

 ポイントを沿った的確な補強に、シーズンインから名波さんが監督として指揮を執る今シーズン。開幕からチームは好調で、ここまでの6試合で5勝1敗。リーグ戦首位を快走しています。

 何が変化したのか?それはサイドアタッカーの大量放出にも原因があると思うのですが、何よりもボール際で相手と競り合った際の強さや、セカンドボールを拾う回数が明らかに増えているという事です。名波さんのサッカー観や、理想の監督像としてはパスサッカーを志向すると言ってきましたが、それ以上に「アクションサッカーを貫く」という意味で、守備も先手をとってアクションで仕掛けているという表現が適切だと思います。攻守の切り替えの速さが球際の強さやセカンドボールを拾う上で大事な事ですが、現在のジュビロでそれを引き出しているのは、特に「パスの受け手の意識」が変化したように思います。

 パスというのは出し手と、受け手が必要で、パスを通しやすくするための“3人目”の動きも合わせると、1本のパスには複数の選手が絡んでいます。ミスをなくすために技術力の向上や意思疎通の確認を日々怠る事がないのは当然です。しかし、パスを出す側はパスを蹴った後にはミスを修正する事は出来ません。パスのズレを修正できるのは出し手ではなく、受け手のみです。それは高精度のトラップ技術かもしれませんが、それ以上にそのパスのコースだと自分や味方選手に渡るのか?相手に渡るのか?を瞬間的に判断できる眼や感覚が必要になると思います。

 よく解りやすい例としては、サイドライン際のスペースや相手DFラインの裏へ出すスルーパスに対して、サイドアタッカーやFWが走り込むプレーがありますが、パスが短くて通らないという状況があります。その時、そのサイドアタッカーやFWは、相手の裏を狙ってトップスピードで走り込むため、もしパスが短くなって相手に渡ってしまったとしても、「急には止まれない」人体の特徴として、惰性でそのまま裏のスペースに走り抜けてしまいます。この瞬間、相手がそのままボールを持ち運べば相手は数的有利で攻撃が出来ます。パスサッカーを志向する上でカウンターに弱いという特徴はこの延長戦にある部分で、カウンターを受けにくくするには、ボールを奪われない事以上に、ボールを奪われる瞬間より前から準備しておく必要があります。

 それは今まで語られて来たようなリスク管理のポジショニングではありません。もっと個人単位の、それもボールの受け方にあるような気がします。特に今のジュビロはボールを受けようとする選手がボールの出し手に対して正面を向きます。バックステップやサイドステップを駆使して動くので、足下でボールを受ける事が多い割には敏捷性が問われます。しかし、その分、ほとんどスプリント(全速力)してボールを受けるような場面はありません。また、ボールの出し手に対して正面を向いているため、ボールの受け手となる選手は自分をマークする相手DFとの距離も視野に入ってる事が多く、これによりパスが自分か相手に渡るかの軌道予測も容易になります。そして、相手に渡るコースにパスが出ると、即座に相手選手に体をぶつけるようにコンタクトするため、けしてフィジカル的に強い選手ではない小林や宮崎でもボール際で強さを発揮できています。

 コレはスペースへ走り込む事を仕事とする典型的なサイドアタッカーではできない事だと思いますので、チームの編成と名波さんの意向は合致していると言えます。太田はプレーの幅の広い選手であり、こういう攻守の切り替えの速さをベガルタ仙台で手倉森誠現・U22日本代表監督の下で実践してきた選手であるため、この要素を持った選手としてカウントできます。

 また、昨季終了後に選手がチームとして戦う意識の低さを危惧していた名波さんの言葉がメディアに掲載されていましたが、「俺が俺が」の選手が多かったのも、主力選手の退団は逆にチームプレーの重要性を浸透させる上ではプラスに働いたのかもしれません。名波さんは現役時代にはトラップすら右足を使わない自分の右足へパスを出す選手は、「考えてないな」とか思ったそうで、逆に雨の試合でショートパスを受け手の足下にピタリと落ちる浮き球でパスするような選手を「本当に技術のある選手」としていたようです。「周りを活かそうと考えていたら、自然と自分が活かされているようなチームが理想」という名波さんらしい考え方は、チームプレーへの意識改革になっているのでしょう。

機動力を引き出す多彩なビルドアップ 守備意識やバランス感覚重視の選手選考

 選手選考も<4-2-3-1>のシステムで試合をスタートさせ、4バック+MFにはボール奪取力に優れる田中裕人や本職は左サイドバックであった宮崎智彦がダブルボランチを組む事が多く、トップ下に昨季まではボランチとしてのプレー機会が多かったMF小林祐希が入っています。太田が右サイドで、左サイドにはアダイウトン、最前線の1トップには期待の新外国籍FWジェイまたは“デカモリシ”こと森島が入るのが基本布陣です。つまり、DF4人とMFにも3人の守備的な選手がいるため、選手個人のプレースタイルとして、“アタッカー”と呼べるのは3人のみの起用となっています。
 
 また、<4-2-3-1>の並びで試合をスタートしていますが、ボランチの宮崎が最終ラインの左側に引いて来て、両サイドバックを押し上げるビルドアップのパターンが頻繁に使われています。そして、プロ入りはボランチであったブラジルW杯の日本代表のセンターバックであったDF伊野波雅彦も中盤までボールを持ち運んでゲームの組み立てに積極的に絡む回数も多くなっているため、サイドバックが中央へ絞ってプレーする時もあったり、トップ下の小林が頻繁に3列目に引いて来たりサイドに流れるので、トップ下のスペースにボランチが上がる事も多く、両サイドをアップダウンするサイドバックと共に”アタッカー”3人以外は配置されるポジション以外での役割も多くあるように見えます。

 こうしたビルドアップのパターンを規則化し、多彩になった事による流動性により、機動力のあるサッカーとなっていると言えます。機動力を出すには重心の強さが必要なため、中盤より後ろで数的有利を確保できる布陣やメンバー構成になり、アタッカーよりも守備意識や攻守のバランス感覚のある選手が重用されるのでしょう。

当面の課題は選手層の拡充 名波さんの存在でタレントも集められる

 そんなサッカーのコンセプトやスタイルが浸透しつつある“名波ジュビロ”の当面の課題は選手層の拡充でしょう。J2降格・J2残留により、2013年までの主力選手の多くが退団したため、現在試合に出ている選手は経験の浅い選手が多く、それがために外国籍選手も3人を先発メンバーに組み込んでいます。近年のJリーグでは外国籍をフルに使わないチームも多いため、現在のジュビロが3人の外国籍選手をフル活用しているのは、それだけ選手層が薄い事の裏返しとも言えます。それもその3人は今季からの新加入選手であるため、選手層の薄さは代表ウィークもリーグ戦が開催される長いJ2リーグのシーズンでは大きな課題でしょう。

 前節の横浜戦で決勝点をアシストしたMF川辺。ジェイの欠場中は先発に抜擢されたFW森島は新加入選手であるため、これまでのジュビロにはない上積みとなる戦力として期待がかかります。特に森島は少ない時間で結果を出した雑草型のさすらいFW中村祐輝(海外クラブでの経験もあり)や、大型高卒ルーキーの岩元颯オリビエという特徴を持った控えFWが台頭しているだけにライヴァル心を剥き出しにプレーする姿に周囲も良い意味で触発される事を名波監督も期待しているでしょう。コンディションが整えば国内外での経験が豊富な元日本代表MF松井大輔も十分に戦力として計算されるでしょう。

 現状は、若手の台頭を施したり、チームの土台を築いている段階ですが、同時に32歳のジェイを補強して結果を掴み獲るためのチーム状況でもあります。浸透してきたコンセプトやスタイルをもっと大所帯のグループとして共有できるようになった時、このチームはJ1でも十分に通用するチームになります。そうなると、「ジュビロでプレーしたい」と思う選手や、「名波さんのサッカーをしたい」と言う選手も増えるでしょうから、監督としてタレントのある選手を集められるカリスマも持っている名波さんの下で、より個と組織が密接に絡み合った魅力的なサッカーを体現してくれることでしょう。

クラブのレジェンドが指揮を執る Jリーグ23年の歴史を肯定する幸せ

 おぼろげながらも、「クラブ自体に伝統的なスタイルが根付いている」ジュビロ磐田に、クラブのレジェンドであり、日本代表としてW杯や海外クラブでのプレー経験もある名波浩という理想的な人物がトップチームの監督にいる。それは人間の年齢に例えると4年生大学を卒業して社会に出る時期に相当する創設23年目を迎えたJリーグの歴史として非常に感慨深いものです。