59〗Anfield / リヴァプール

今はチ-ムメイトでもPSVから移籍のガクポとアヤックス出身のグラフェンベルフ。共に五月生まれでガクポが高校三年生の時にグラフェンベルフは中学三年生。ライバルクラブで初めて顔をあわせたのは、’17年11月18日のアイントホ-フェン。U19の公式戦に当時十五歳の少年がセンタ-フォワ-ドに大抜擢された。
U17で十番を背負っていた頃は本職の他に左ウイングでのプレ-経験もあり、スピ-ドも折り紙つき。言及を避けたとしても、ガクポからすれば将来代表チ-ムでポジションを争う可能性を否定できなかったはず。この試合PSVのU-19チームの監督はマーク·ファン·ボメル:Mark van Bommel【1977年4月22日生】
翌’18年6月トップチームを任されたファン·ボメルは早速ガクポを昇格させている。
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三十六年ぶりに出場最年少記録が更新されたアヤックス

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9月のPSV戦で3-0と完敗したアヤックス。残り七分プレッシャ-の無い状況でグラフェンベルフ十六歳と百三十日がピッチに。クラブの最年少出場記録が更新された歴史的瞬間。この試合ベンチ外だったガクポも三ヶ月後にはデビュ-。年明けのフォルトゥナ·シッタート戦では1G1Aとここから巻き返しを図り、デビュ-シ-ズンで五アシストを記録した。’20年2月エールディヴィジ21節。既に若きエ-スとしての風格を漂わせていたガクポは開幕から全二十一試合に出場。四試合連続のスタメン。

それに対して18節デン·ハ-グ戦で久しぶりにトップチ-ムでスタメン復帰したのがグラフェンベルフ。1G1Aでフル出場の活躍。そこから四試合連続となるスタメンでガクポとの再会を果たす。もっともこの時、既に守備的な中盤に固定されていた。ガクポとグラフェンベルフ、この二人がA代表に招集され敵から味方へと関係性が変わるのは感染症が終息してから。
年下のグラフェンベルフが先に招集されている。。同年11月15日のUEFAネーションズリーグ無観客のアレナでのボスニア・ヘルツェゴヴィナ戦。印象深いのはアヤックスの新旧ライアン揃い踏み。代表チ-ム最年長のライアン·バベル:Ryan Babel【1986年12月19日生】とグラフェンベルフの年齢差、なんと十五も離れている。ちなみに三日後のワルシャワ国立競技場。スタンドの観客だけでなくベンチにバベルの姿もない。抗体検査が陽性の結果だから仕方ない。

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写真はウィルソンとガクポのマッチアップ。2022年のUEFAネーションズリーグをカーディフ·スタジアムで撮影した。

ヨハンクライフアレナにバベル登場で この日はリヴァプール祭り

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翌21年3月のFIFAワ-ルドカップ欧州予選を持ってバベルは代表引退。変わって頭角を表したのがガクポで、バベルとはスレ違い
アムステルダムでのUEFAネーションズリーグを取材。監督もメンバーも変わろうとも、何時の時代も最優先に観ておくべきはオランダ代表。スタメンにはフィルジル·ファン·ダイク:Virgil van Dijk【1991年7月8日生】中盤にはグラフェンベルフ。そして前線にはガクポ。更にこの日の相手はハンガリー代表だからソボスライの姿も。そして試合前 地元記者達の会話ではラアンバベルなどオランイェOB数名が来ているらしいから これは間違いなく”リヴァプール祭り“に違いない。
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マージーサイド州·リヴァプールは言わずと知れたビ-ト音楽発祥の地。世界を熱狂させたビートルズ来日時は、一歳半で記憶にない。。リアルタイム世代ではなく、忌野清志郎:Kiyoshiro Imawano【1951年4月2日生-2009年5月2日没】が書いた『トランジスタ·ラジオ』や竹内まりや【1955年3月20日生】の『マージービートで唄わせて』など80年代のオマ-ジュ作品にリヴァプールの都市名が登場すると心震わせた世代。