そんな時に“その人”はやって来た。ミハイロ・ペトロヴィッチ(現・浦和レッズ監督)というオーストリア人指導者はオシム監督時代のシュトルム・グラーツ(オーストリア1部)でコーチを務めた経歴も持っていた。当時のJリーグでは創設以来低迷していたジェフユナイテッド市原(現・千葉)で常時リーグ優勝争いを展開し、ナビスコカップでクラブ史上初のタイトルをも獲得するに至ったオシム監督による、「考えながら走る」攻撃サッカーが評価されていた。オシムは2006年に日本代表監督にも招聘されるほど、日本サッカー界の求心力を集めていた。